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2010年10月01日(Fri)

リアリズムの宿 旅行

さて、「瀬戸内国際芸術祭2010」ですが、我々は一泊だけした訳です。その一泊をどこにするか。まー、高松に泊まるのが便利な訳ですが、せっかくこんな島巡りの芸術祭に来てるのだから、島に泊まるのが良いのではないか。そら、島では何かと不便だらうし、数少ない旅館も、普段はそんなにお客さんが来る様な所でもないだらうから、設備も整はず、なにかと不都合はあるかもしれないけれど、谷崎潤一郎も言ってゐるごとく「いや、その不便を忍ぶところに云い知れぬ旅情を覚えるのであるから、あまり行き過ぎた、都会風に気の利き過ぎた待遇も、却ってどうかと思うのである」(「旅のいろいろ」・中公文庫版「陰翳礼賛」から)な訳で、旅情を楽しむため、我々は島の旅館に泊まることにしました。

その旅館、仮にH旅館としておきませう、は、予約の段階から、その宿の人の耳が遠く、コミュニケーションに些かの不安があったのですが、ま、それくらゐは旅情の範囲です。我々が「予約してゐた京都の小川です〜」と名乗れば、「あ、小沢さん、小沢さんね。いらっしゃい〜」と、我々は終始“小沢”さん扱ひで、旅情溢れることこの上ありません。(ちなみにその晩、小沢は代表選に破れました。旅情、溢れるなぁ)
昭和元年からやってゐるといふそこは、相当建物にボロが来てゐるとはいふものの、旅情を味はひに来てゐる我々にとってはそれらも楽しみのひとつ。なかなか雰囲気のある部屋に案内され、わー窓から瀬戸内海が一望だー、と感嘆の声をあげながら、さて、一日中歩き廻って疲れた身体を休めようと、畳の上に座った時に、ある黒いものが私の目を捉へました。

ん、あれ、これ・・・ゴキブリの死骸ぢゃないか・・・。

よく見れば、部屋のあちこちにゴキブリやムカデの様な虫、なにやらよく分からない小虫の死骸などが転がってゐます。ウウーム。私は仕方なく、塵紙でそれらを拾ひ、部屋に置いてある比較的大きなゴミ箱に捨てようと、そのゴミ箱の蓋を開けました。すると。
・・・・・・え?ゴ、ゴミが、大量に入ってる・・・。

私は心を落ち着けようと、自分に言ひ聞かせました。
さういへば、「ゴミは必ず高松に持って帰って捨てて下さい」と島の至る所に書いてあった。きっと、島ではゴミの処理は大変なんだらう。だから、滅多にゴミは捨てないんだ。虫の死骸は・・・、まぁ、ここらは自然が多いから、やたらめったら虫が死ぬのかもしれん。この程度の事で動揺してゐたら、旅情は楽しめん。とりあへず、汗を流したい。風呂だ。
そこで、私は風呂に行きました。

風呂は、普通の家庭風呂でした。そこらに、前の泊まり客が使用したと思しき、旅行用の石鹸、シャンプー、ローション、その他もろもろ、が、使ひさしのまま、それらを入れてゐたビニールの袋ともども散乱してゐました。なにか、非常にヌルヌルしてゐます。私はそれらを見ない様に努め、とりあへずはステンレスであった事にホッとした浴槽からお湯を汲み、身体にかけました。汗を、流したかったのです。と・・・。
・・・・・・ん、あれ?お湯が流れていかないぞ・・・。これ、排水溝、詰まってるやん!
私は泣く泣く、排水溝の掃除をしました。
ううーむ、これも旅情なのか!

私とトモコは、放心しながら窓の外を眺めてゐました。
窓から見える瀬戸内海に、夕日が沈んでいくのが見えます。それは、とても美しい風景でした。ああ、この様なものが見られて良かった。良かったんだけれど・・・。

お楽しみの夕飯です。ここは食べきれない程の魚料理が出る、といふので有名らしいのです。しかし、この時点で、私とトモコはすでに期待する心を失ってゐました。さて、どの様なものが出て来るのやら・・・。
ドーンと、来ました。刺身、煮魚、焼き魚、天ぷら・・・、確かに、量は多いです。が、味付けが、味付けが・・・甘過ぎる!!!どんだけ砂糖使ってるねん!と、叫びたくなる様な味付けです。
「四国あたりでは、お雑煮の餅が大福餅らしいし・・・」と、トモコが言ひます。
そら、そーかもしれないけど、さー。これはないんとちゃう。土地による味覚の違ひ?そーかなー。そーなの?そーかもしれない、けどさー。

もう我々の望みは早く寝てしまふ事だけです。幸ひ、疲れてゐます。ぐっすり寝てしまへば、後はどーでもよい。これらの事も、気にならなくなる。寝てしまへば、こっちのもの。さー、寝よ、寝よ!
・・・が、まだまだ最後に大きな山が残ってゐたのです。

持って来られた布団を見て、驚愕しました。こ、このシーツ、どんだけ洗ってないねん!!!!!!ここまで汚いシーツを見たのは、生まれて初めてかもしれません。シーツ変へるのは、旅館業の基本ぢゃないのか。しかも、こんなクソ暑い真夏の最中に・・・。
とはいへ、今さらこの島を出る事はできません。私とトモコは泣く泣く、本当に泣く泣く、さすがにシーツの上に寝る事はできませんでしたので、掛け布団の上に寝ました。早く朝が来るのを願ひながら・・・。

前掲の谷崎のエッセイでは、瀬戸内の小島の旅館は、不便だが清潔で料理もうまい、と書かれてゐたのですが・・・、谷崎の嘘つき!いや、谷崎がウソをついてゐる訳ではないでせう。多分、ここも昔はさうだったのかもしれません。もしかしたら、つい半年前まで、さうだった可能性もあります。
何故なら、我々の部屋にまで彼ら旅館の人たちの会話は丸聞こえなのですが、もう、ひっきりなしに予約の電話が掛ってくるのです。多分、そんな事は今までなかったんではないでせうか。瀬戸内国際芸術祭バブルです。バブル故、人心が荒廃してしまってるのです。多分。

次の日の朝、我々は早々と宿を発ちました。(付言すると、朝ご飯で出た小鯛の塩焼きは美味しかった。普通に塩で焼けば美味しいやん!)宿を出る時に宿賃を払ったのですが、請求された額は聞かされてゐたのよりチョイ高かった。まー、そんなもんだらう。なにせ、バブルだから、バブル。

バブルが去った後、ここはどうなるのであらうか。などと、余計な事を考へつつ、我々はその島を去りました。

(追記。「リアリズムの宿」と題しましたが、これは看板に偽りありです。何故なら、バブルにリアリズムはないから。むろん、この場合の“リアリズム”はつげ義春の語法に拠りますよ。)

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