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2006年01月19日(Thu)

スタンドアップ ☆☆☆☆

Text by BABA

 私なんか、と何度も思った。お前なんか、と何度も言われた。それでも、立ち上がってみようと思った。ババーン! 

 原作は『Class Action: The Story of Lois Jensen and the Landmark Case That Changed Sexual Harassment Law』、すなわち「集団訴訟:ロイス・ジェンセンと、セクシャル・ハラスメント(性的嫌がらせ)法を変えた画期的な事件の物語」というお堅い題名のノンフィクション、実話にもとづく映画化。…ですが、アメリカ映画の「Based on a True Story」は「ほとんどフィクション」と同義語、この『スタンドアップ』は「Inspired by a True Story」(実話からインスピレーションを得た)ですので「完全にフィクション」、ということでしょうね。

 それはともかく『スタンドアップ』というのもよくわからない漠然とした題名、原題は「North Country」=「北国」、これまた輪をかけてやる気あるのか? と問いつめたい適当な題名、しかし映画を最後まで観れば、『スタンドアップ』という邦題はなかなかよいと思いました。

 シャーリーズ・セロンは暴力亭主から逃れ、息子と娘をつれて故郷ミネソタ、鉱山の町の、両親が住む実家へ。父親リチャード・ジェンキンスは、暴力亭主から逃げてきた娘シャーリーズに対し、「どうせまた、浮気がバレて殴られたんだろう」とヒドイことをいう始末。

 家族は、どうもアイリッシュではあるまいか? アイリッシュ移民はアメリカで警察官、消防士などカラダを張る危険な職業に就くことが多かったそうで、シャーリーズの父親は地元鉱山で働く抗夫、抗夫もアイリッシュが多いと思われます。「男が外に出て働き、女は家を守る」伝統的価値観もアイリッシュ・カソリックにとっては当然のものでございましょう。

 シャーリーズは旧友フランシス・マクドーマンドのススメで鉱山で働くことになります。女性が鉱山で? 事務でもやるのか? いえいえ、むくつけき男どもに混じって鉄鉱石も掘るしトラックの運転もするらしい。

 調べてみると、アメリカでは「公民権法第7編」(俗に「タイトル・セヴン」と呼ばれるそうです)で、「人種・肌の色・宗教・性別、または出身国を理由とする採用・昇進・解雇などにおける差別」を禁じており、たとえ鉱山でも、女性だけを雇用するわけにはいかないのであった。

 伝統的に男だけの仕事だった抗夫、女性の割合は数パーセント、ただでさえ不況でリストラに脅える男性抗夫にとって、女性の雇用は「男の仕事を奪っている」と写り、男性たちは女性抗夫に対し、猛烈なセクシャル・ハラスメントを加えるのであった…。

 フランシス・マクドーマンドは、「ヤマで働くなら、面の皮を厚くせんとあかんよ!」と助言、シャーリーズも「可愛い息子と娘のためならエンヤコーラ」とふんばりますが、セクハラ行為はどんどんエスカレート、娘や息子ならびに公衆の面前で「Whore!(尻軽女・売春婦)」呼ばわりされたり、同僚女性がウンコまみれにされて、もうブチ切れですよと社長に直訴、しかしそこでもボロカスな扱い、ついに「集団訴訟」に立ち上がるのであった…というお話。

 と、いうと一見、左翼的かつフェミニズムなお話に見えます。シャーリーズが組合大会で「発言者があるうちは閉会できないはずよ!」と一席ぶつあたりは、フランク・キャプラ名作『スミス都へ行く』を彷彿とさせるアメリカ伝統デモクラシーなリベラル映画に思えます。

 しかし、まず80年代アメリカにおいて労働組合は「性差別」問題についてはまったく頼りにならず、「職場の和を乱す」シャーリーズは家族からも見放され、孤立していきます。リベラル映画とは異なる様相を呈す。

 周囲から孤立しまくっていく主人公、私は卒然と『真昼の決闘(High Noon)』を想起しました。フレッド・ジンネマン監督『真昼の決闘』(1952年)は、当時の「赤狩り」世相を反映したお話、アメリカ民主主義、アメリカンリベラルの限界を示した作品で、小泉首相お気に入りの一本です。町の民衆から見放される保安官ゲイリー・クーパーに、小泉首相は「孤立を恐れず構造改革に立ち向かう自分」、あるいは「世界から孤立しても対テロ戦争に立ち向かうアメリカ」を重ね合わせておられるのですね。…困ったものです。

 閑話休題。って一応、弁護士ウッディ・ストロードがシャーリーズに協力するのですけれど、結局のところ、たった一人でも、自分の尊厳を獲得するために立ち上がるべし! 一人でも戦うべし! この『スタンドアップ』は、『ミリオンダラー・ベイビー』同様の、貧乏人が尊厳を獲得するために戦うリバータリアン映画ではないか? と一人ごちました。

『真昼の決闘』では、保安官ゲイリー・クーパーは結局、バッジを投げ捨て保安官という仕事を放棄します。対して貧乏人シャーリーズは子供のため自分のために、なんとしても仕事にしがみつかなかればならない。米国版の宣伝コピーは「All She Wanted Was To Make A Living. Instead She Made History.」…「生活できることだけを望んだ。その代わり、彼女は歴史を作った」、シャーリーズはただ普通に働き、娘と息子を養い、一軒の家を買って自立することだけを望む。誹謗中傷をうけても慎ましい望みを持ち続けるシャーリーズの姿に、私は深い感銘を受けたのでした。

 父親リチャード・ジェンキンスは、娘を全然信用しておらず冷たくあたり続けます。しかし! ネタバレですが娘もまた自分の家族のために働くひとりの抗夫ではないか? と卒然と思い当たり、…ってそれは私の勝手な解釈なのですが、一転して「この場で誇れる仲間は、娘だけだ!」と言い放つ瞬間、私は茫然と感動の涙を流したのでした。ボロ泣き。

 それはお約束の展開のはず、その後も、アメリカ映画的お約束の展開を見せますが、脇役にいたるまでキャラがばっちり立っており、予断を許さないのが素晴らしいです。フランシス・マクドーマンドなんて、真っ先にシャーリーズに協力しそうなキャラですが、ギリギリまでそうさせないのが巧いなぁ、と。監督はニュージーランド出身ニキ・カロ(『くじらの島の少女』)、キャスティングの妙もあって、人物造形がリアルでございますね。

 シャーリーズ・セロン(『モンスター』)、シシー・スペイセク(『歌え!  ロレッタ愛のために』)、フランシス・マクドーマンド(『ファーゴ』)、三人のアカデミー主演女優賞俳優の共演も見どころ。…かもしれません。

 また、撮影はクリス・メンゲス(『キリング・フィールド』『ミッション』とか)、壮大な鉱山の風景、巨大な工場、圧倒的な北国の風景がやたらカッコよく、ともすると貧乏くさくなる題材ですけど、豊かさを作品に加えております。

 アメリカで「セクシャル・ハラスメント」という概念で集団訴訟を起こし、勝訴した最初のケースにヒントを得た映画、ということで、セクハラ概念の基本がわかる。…かもしれません。バチグンのオススメ。

☆☆☆☆(☆= 20 点・★= 5 点)

公式サイト
http://wwws.warnerbros.co.jp/standup/

Comments

投稿者 sakurai : 2006年01月21日 09:16

さまざまベスト10、興味深く拝見させていただきました。
やっぱ、「パッチギ!」でしたか。あまりに早く見すぎて、薄まってしまったのが、残念。

で、「スタンドアップ」。いやいや、感動の嵐に巻き込まれてしまいました。フランシス・マクドーマンドの迫力とウッディ・ハレルソンの薄さにまたまた感動でした。というのは冗談ですが、この映画のインパクトはなかなかでした。
聖餐式の場面なんか見てると、いかにもアイリッシュって言う感じでしたモンね。ということはmますます女は家にいて、子供産んでろ!という伝統だったのでしょうか。

投稿者 BABA : 2006年01月21日 12:37

>sakuraiさん
『スタンドアップ』、今年、最初のボロ泣き映画でした!
やっぱり、アイリッシュでしたか。
と、いうわけで、アイリッシュ家族のダークなところを描いた『マグダレンの祈り』なんかをちょっと思い出していたのでした。
にしても、役者さん、薄いウッディを含めみんなよかったですね!

では、今年もよろしくお願いします。

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