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2018年05月11日(Fri)

リズと青い鳥 []

元店主 & ヤマネ
ヤマネ
久しぶりですね、対談。強制起訴が休止してからというもの、ひまでひまで、どんどん太ってきましたよー。
元店主
その割にオパールに来る回数が減ってきてないか。ひまなら来てよ。
ヤマネ
そこそこ来てるはずなんだけどなあ(笑)、でも時間が出来れば映画観たいですもんね。そんなこんなで今日、特別対談をやろう、となったのは山田尚子監督「リズと青い鳥」が間違いなく今年屈指の映画であって、ほんとに凄い傑作なので、まあわずかでも多くの人にも観てもらえたらいいな、と思ったからですよ。
元店主
京都ではmovixでしかやっていないし、しかも私が観た時はあまり客が入っていなかったからねえ。そもそも「響け!ユーフォニアム」のスピンオフ作品というだけでも、一般客に対する間口は広くなさそうなのに、内容も挑戦的で尖った作品だから。誰にでも勧められるわけでもないけど…映画好きなら見逃すべき作品ではないと思うな。
ヤマネ
まさに!女の子ばかりが出てくるアニメ、ということで、熱量を持って人に薦めるのって難しいなと感じる時がありますしねー。イーストウッドの「15時17分、パリ行き」なんかも素晴らしい作品だけど、じつはかなりの観客がぽかんとするだろうから、誰にでも薦めて良いものか迷ってしまうけど‥イーストウッドだし、まあ引かれはしないか、と思いなおし、「凄くいいですよ!」と言いやすい。でもそもそも松山さんにさえ、「リズと青い鳥」最高ですから絶対みてくださいよ、と言いにくい。見てくれないから!
元店主
アニメを他人に薦めるのは難しいねえ。私がアニメを見るようになり始めた頃だと、アニメファンじゃない人が勧める作品、って感じで興味持ってもらえたけど、アニメを沢山見るようになったら、あー、はいはい、アニメファンが何か言ってるねー、って感じでまともに取り合ってくれなくなった感じ…。
ヤマネ
アニメファン差別ってありますからね。わかります。「映画芸術」が、アニメ作品は映画じゃない、と言って物議を醸しましたからね。でも、映像表現に興味があるなら絶対観ておかないとダメでしょー、というレベルの作品ですよね、これ。この時代を代表する一本になってるんじゃないでしょーか!
元店主
同意。
ヤマネ
最近高畑勲氏が亡くなりましたが、最大の功績として、アニメで日常を描くことをはじめた、というものがあると思うんです。他にも、デジタルで水彩画風とか、どんどん新しい表現に挑戦し続けたという面もあって。亡くなったのは非常に残念だったんですけど、「リズと青い鳥」はまさにその系譜の最先端とでもいいますか、「この世界の片隅に」の時に感じた緻密なアニメ描写による感動とはまた異なる次元の進化を感じました。
元店主
映像表現だけでなく、音楽や音の使い方も素晴らしいし、声優の演技も含めて全てが高次元だからね。一度や二度観ただけでは語り尽くせないけれども、ヤマネくんはどういうところが印象に残った?
ヤマネ
基本内容としては、思春期の友情や恋愛におさまらない不器用な愛のゆらぎを描いた作品、ということになりますかねー。
冒頭から物凄い情報量と繊細さの連続で、あっという間に目が離せなくなりました。学校の入り口で希美を待って階段に座っているオーボエのみぞれ、そこにやってきた希美とみぞれは、おはようの挨拶も交わすことなく立ち上がって階段をのぼっていく。ここで二人の信頼性が伺えます。その後の二人の歩き方、希美が上を歩いている、それに少し微妙に離れてついていくみぞれ、二人の関係がすっと理解出来るようになっている。10分ほどほぼセリフがないです。
映画の最後にはこの場面と対になる学校を出て行くシーンがあるけれど、その時の二人の歩き方と立ち位置、表情などによって、関係や心境の変化が感じ取れる…大事な描写ですよね。
元店主
私はヤマネくんと少し違って、最初から、希美とみぞれのズレ、みたいなものが気になってた。てか、それを描いた作品だと思う。確かにこの二人は公認の仲良しだろうし、本人たちもそう思ってるだろうけど、お互いの考えている事や、互いに対する想い・考えは結構ズレている。
ヤマネ
それはもちろん、そうです。えーと、だから、信頼がある…というのではなく、不安定な信頼関係にある、というのが正確ですかね。
元店主
そうだね。別にこの事はこの二人に限った事ではなく、誰だってそうで、他人の考えや感じ方、想いなんかは分からないし、誤解とすれ違いの関係性の中で生きている訳だけど、普段はそんなこと意識する事もない。そんな事、一生意識しない、わからない人だって、結構いる。その意識されざる真実を、鋭く、繊細に描いてる。そこが、凄いよね。
ヤマネ
繊細すぎて、多分、自分も理解できていない部分が多そうだとは思うんですけど、それでもわかる部分だけ色々考えていくだけで面白い。ここまでセリフやアクションに頼らない細かな描写で豊かな心理を表現できているのは、演出と作画がずば抜けてうまいからだと思うんです。とはいえ、ここまで萌え要素とか熱く燃えるアニメならではの劇的な表現や展開を一切排してしまったら、多くのアニメファンはついていかないのではと心配にもなりますねー。なんだかカイエ・デュ・シネマ好みのドラマというか。
元店主
ま、楽しめない人もいるだろうね。アニメ的記号の排除…という話でいえば、確かにかなり実写に寄せてるよね。テレビシリーズと較べても、絵・演出ともに格段に実写っぽい。でも、かといってアニメ的でなくなっているかといえば、そんな事はなく、かえってアニメ性が強調されていると思うんだなぁ。実写映画というのはさ、画面に写っているものを全てコントロールするのは不可能だから、偶然性と意図せざるノイズを如何に処理するか、というのが大切じゃない。優れた作家は、それらを上手く活かしてる。
ヤマネ
クリント・イーストウッドとかですね。
元店主
そう、これに対してアニメは、一応、全て画面上に映るものはコントロールされている。どんなに実写っぽく、偶然性と意図せざるものが映っているように見えても、それはそのように見えるようにコントロールされている、という事。では、そのことによって露わになるアニメ性とは何か。
ヤマネ
それです!その部分をすっきりさせたいと思っていたんです!実際この作品、これまでのアニメ的な記号表現を消しているにもかかわらず、個人的には実写との差を逆に強く感じる、という感覚だったので。押井守の「イノセント」なんかは、敢えてノイズを感じるほどに圧倒的な情報量をぶちこんでましたけど、だからといってリアルに近づいたかといえば、そうでもないような…。で、ケンタロウさんのいう“そのことによって露わになるアニメ性”とはなんなんですか!
元店主
うん。それはねー、象徴をコントロールする事によって魔法を起こす、事だと思うんだよねー。
ヤマネ
…は?魔法?…またこの人はおかしな事を…えーと、その魔法とは、今はそうとしか表現できないもの、としての意味なのか、この場合、別の概念に置き換え可能な技術のことなのか…どう捉えればいいんですか?
元店主
私にとってアニメとは、象徴をコントロールする事によって魔法を起こす芸術、なんだよ。アニメ的記号とは一種の象徴で、それを操って様々な効果を生み出すのがアニメだと私は思っているんだけど、山田尚子は限りなく表現を実写に寄せながらも、象徴性を手放さない事によって強烈に無意識に働きかける作品を作っている。徹頭徹尾意識的にものごとを行い、そのことによって無意識に働きかけるのが、魔法の要諦なんだよ。ヤマネくんは知らないと思うけど。
ヤマネ
知りませんよ、そんなこと!…ボクが思うに、これね、実写に寄せているというよりは、確かに過去の実写映画の撮影手法などを使ってはいますけど、あえてリアルっぽさに寄せているのにすぎなくて、むしろ実写の映像以上に抽象的に見せたい現象にフォーカスさせることで、リアルに感じる、という嘘に注力してると思うんです。その部分で、実写には絶対に出来ないことをやれていると感じます。絵画が写真を超えている部分というか。
元店主
ああ、アニメのデフォルメ性ね。むろん、そういったものも使って魔法を起こすのが肝なんだけど。具体的に言うとさ、希美とみぞれの二人が同時に、「リズと青い鳥」の解釈を間違っていた、と気づくところ。あそこで、二人の顔が半分づつズズズーとずれてきて合いそうになる。あれ、強烈にマジカルなところだよ。認識の訪れの瞬間を描いている。
ヤマネ
確かにクライマックスですね。認識が一致する瞬間ですからね。そこが魔法的だと。
元店主
そう。そもそも二人同時に同じ認識に至る、なんて現実世界ではあり得ないんだけど、敢えて同時に描いている。「聲の形」でもやってたけど。
ヤマネ
将也と硝子が同時に目覚めて走り出すとこですね!あそこは燃えますよねー。
元店主
うん。で、それだけじゃない。認識には深浅があるんだよ。二人が、「リズと青い鳥」の解釈が間違っていた、と気づいたと言っても、その時点ではまだ浅い認識。その後のみぞれの本気の演奏、生物室での大好きのハグ、で、段々と認識は深まっていく。そして…また薄れていく。ぴたっと合った顔が、また離れていくように(それは描かれてなかったけど、その後の展開から想像されるよね)。合わなかった二人の歩調が、一瞬合って、また合わなくなるように。これ、ラストシーンね。そして、これらのことは、我々観客にも言える事だと思う。
ヤマネ
認識がぴったり重なって終わり、ではなく深浅を描いている、確かにそうか。好きな場面があるんですけど、希美がみぞれを祭りに誘った時に、希美が別の子も2人誘う。みぞれのなんとも言えない表情。その後、希美がみぞれをプールに誘った時は、逆にみぞれが「他の子を誘ってもいい?」と言う。その時の希美の一瞬とまどった表情。これは明らかに動揺していて、セリフとは裏腹にみぞれが自分のことを好いてくれていることに甘えていたのでは、と目がさめる瞬間として、興味深かったんですがー。つまり、青い鳥の認識後にもまだズレや誤解が描かれますもんね。
元店主
そうだよ。最後まであの二人はズレたまま。だけど、一度認識の訪れを経た後では、以前とは確実に違う…。だから私にとってこの作品は、誤解とズレの中で漠然と生きている人生に稀に訪れる認識の瞬間を掬いとった繊細極まりない作品。魔法の瞬間を描いた作品。…ま、山田尚子の作品はみんな魔法の瞬間を描いているけどね。だから私にとって山田尚子は…魔法使いなんだー!
ヤマネ
はは。なんとなく鬼才、と呼ぶのがしっくりくるような気がしてたんですけどもー、ボクは。…いやー全然語りたりないけど、本当に長くなりそうなのでそろそろ終わりにしましょう。じゃ、まとめー。…表現の幅も奥行きがあり素晴らしいし、沈黙をうまく使って繊細な感情表現に成功し感情移入をさせる、他の商業アニメと比較することの出来ない一作でした! 絶対観ておかないと後悔すると思いますよ!そこのあなた!
元店主
我々はみんな誤解とズレの中で漠然と生きているんだけど、認識の瞬間は必ず訪れる。けど、その事に気づけるとは限らない…。繊細で希有な瞬間を逃してしまっているかもしれない。しかし!この作品を観れば大丈夫。山田尚子の齎らす魔法によって、あなたは必ずや認識の訪れをキャッチできるでしょう!いざ、何度でも観よう!出来れば16回観よう!
ヤマネ
なんですか、その具体的な数字は!みんな引いちゃいますよ、それじゃ!…う〜ん、ここらでホントに終了!こんな話してる時間があったら「リズと青い鳥」をもう一回観に行こうーっと。では!

Comments

投稿者 uno : 2018年05月19日 17:12

本当に素晴らしい作品でしたね!
お二人とも、さすが思い入れが強い作品だけあって、対談の内容が濃い。。。

私も冒頭の希美とみぞれが校舎を歩く場面にヤラレました。ふたりの足音(まるで鉄琴のよう)が奏でる音楽を聴いていると、これからふたりの物語はどうなるんだろうと期待が膨らみます。最高の導入部。

兎に角この作品は音が素晴らしいと感じました。これまでのアニメでも表現していたのかも知れませんが、登場人物の話す声がスクリーン上と同じ位置から聴こえてきたのに驚きました(あたりまえ?)。なので作品に立体感が生じ、とても気持ち良かった。普段、音像を意識することは無いのですが、実写映画よりも音像の位置を繊細に表現している印象を受けました。
もう一つ驚いたのが画面の揺らぎです。登場人物の視点になった場面で画面が揺らいでいる。印象的だったのは、みぞれの実力を分かっている麗奈が、歯痒さを持って少し離れた位置から見つめる場面。揺れた視点からのぞみを見ていると、麗奈のもどかしい気持ちに自分も引っ張り込まれました。

楽器のパートを通して、ふたりが「リズと青い鳥」の中に見出だしていた自分。そして、その認識の逆転がふたり同時に訪れる場面は衝撃的で、思わず涙が。。。ふたり同時というのが、とても重要なんだろうなと思います。だからこそ、行違いにならず、ふたりの関係に反応が生じた。この後、離れるにしても、この一瞬は人生の宝物になるんだろうなあ。

頭がこんがらがっているところが多分にあるので、こりゃもう一度、劇場に足を運ばなきゃですね!

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