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2011年12月05日(Mon)

「恋の罪」 []

Text by Matsuyama

この作品が「インスパイア」されたという元の事件が事件なだけに、「触れても大丈夫か?」という余計な心配を胸に秘めながら観に行ったのだが、その結果は…。

まずはその事件がどんなものだったのかというと、かなり有名な事件だったので知っている人も多いと思うが、ここで当時テレビのワイドショーでやっていたものや、週刊誌が伝えた被害者女性に関する情報のおさらいをしてみよう。

  • 1997年3月19日渋谷区円山町のラブホテル街にあるアパートの空室で女性の他殺体が発見された。
  • 被害者は39歳女性
  • 東京電力のエリート社員。
  • およそ10年間にわたって夜は円山町の路上に立って売春。
  • 週末はデリヘル店「マゾっ娘宅配便」で客を待機。
  • 売春では数千円で客をとることもあったという。
  • 客引きをしていた路上ではコートをまくり上げて放尿するなど奇行があったという目撃談。
  • 拒食症の疑いがあり骨と皮のガリガリで、厚化粧。
  • 売春していた近所のコンビニでは、おでんのこんにゃく一品に汁を満タンにして購入。
  • 母親は「娘は売春しているので事件に巻き込まれたのかもしれない」と警察に捜索願を出していた。

さて「実録ものにしようと思ったら、この事件は謎が多すぎて映画にしにくいから『女性』をテーマに映画を撮ろうと思った」(ぴあ × star cat インタビュー)という園子温監督が描いた主人公は吉田刑事(水野美紀)、日本文学を専門とする大学助教授・尾沢美津子(富樫真)、有名小説家の妻・菊池いずみ(神楽坂恵)の3人で、美津子はまさに実際の事件のモデルであり、いずみはその分身や内面のような存在。吉田もまた美津子の内面の一部で観客の目線に最も近い存在として描かれているようだ。

事件に関して一般に知れ渡ったのは上に書いた情報がほとんどだったと思う。そして園子温監督は描いた被害者像はほとんどそれを踏襲し、さらにそのキャラクターの変態性を高めたものである。ここまでリアルに描いて、まるで事件そのものを描いていないように逃げを打つような発言は不可解、というよりも被害者をさらに辱(はずかし)めるような表現は卑劣である。

ジャーナリスト佐野眞一氏による事件のルポ「東電OL殺人事件(新潮文庫)」「東電OL症候群(同)」を筆者は読んではいないが、そこからの引用文を読み、YouTubeで聞くことのできる佐野氏が出演したラジオ音声を聞くと事件における重大な真実が見えてくる。

  • 被害者である女性39歳は東京電力の企画部経済調査室副長という単に「OL」というよりは上級社員という方がふさわしい。
  • 被害者が売春していたことは職場で知られており、寝不足で居眠りしていると、当時の上司である企画部長はただニヤニヤして見ているだけだったという。
  • 「娘は売春しているから…」と母親が行ったという警察証言と、母親が裁判で「娘がそんなことをしているなんて知らなかった」と証言したという食い違いがある。常識的に考えれば後者の方が妥当である。
  • 東大出身で同じく東電の管理職だったという被害者の父親はあるときから原発の危険性を訴え始め、それから1年後に降格、さらに1年後の1977年にガンで死亡。
  • 被害者が企画部経済調査室副長に昇進したのは1993年。電気事業と国家財政の関係を研究し、毎月のリポートを作成するのが彼女の任務だったという。
  • 被害者もまたあるときから原発の危険性を訴え、地熱発電が有望であるという趣旨のリポートも作成していたと言う。
  • 被害者の作成したリポートは高く評価され,社外での賞(東洋経済新報社が主催する経済学賞)を受賞したこともある。
  • 事件の前月1997年2月4日、核燃料サイクルについて了承するという閣議決定がされ、同2月21日には電力11社によるプルサーマル全体計画が発表される。
  • 事件の翌月4月に成立した新エネルギー利用等の促進に関する特別処置法で、それまで国庫補助の対象であった地熱発電がはずされた。
  • 被害者が反原発を訴えていたときの上司が藤原喜夫(現副社長)と、居眠りを見てニヤニヤしていた企画部長が勝俣恒久(現会長)。勝俣は事件の翌年、常務取締役に昇進〜現在に至る。
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まず不思議なことは、東電という企業の隠蔽体質と、今もなおその権力によってマスコミの報道規制を自在にしていることを考えれば、東電側からの要請をするまでもなく、マスコミ側から報道の許可を請うか、むしろノータッチが常であったにもかかわらず、当時上級社員のスキャンダルが赤裸々に報じられたのは、逆に東電側からの要請に従ったと思うのが自然ではないか。
また、東京電力という一流企業の上級職で(なくとも)、本当に社員の売春行為が容認されていたとしたら異常としか考えられず、最大の疑問は、反原発を訴えていた元社員の娘と知らないはずもなく入社を許すばかりか、花形部署の管理職まで昇りつめていたことだ。

10年以上前の実際の事件に対し「映画化したいとは少しも思わなかった〜ある日突然映画化したくなって〜」( 映画 . com インタビューより)という「ある日」とはいったい何時のことか?
今年1月「冷たい熱帯魚」の公開日に「恋の罪」がすでに完成していたことが発表された。

・死体発見からおよそ2ヶ月後、現場の隣のビルに済んでいたネパール人男性が逮捕された。しかし翌年4月「犯人とするには矛盾が多く、合理的に説明できない事実も存在する」として東京地裁より無罪が言い渡されるが、高検の職権発動により再勾留され、2003年10月20日、最高裁にて無期懲役が確定。男性は2005年より獄中から再審を請求。翌年から日弁連も支援するなか、今年(2011年)7月東京高裁は遺体から採取された物証のうち確定していなかった物について鑑定を実施するよう東京高検に要請。それから10月にかけて、それらのDNAはネパール人男性と別人のものと一致していることが判明した。再審開始についてはまさ決定していないが、その可能性は非常に高く、再審が実現すれば無罪が約束されたも同然となる。

おそらく「恋の罪」は今年1月というよりはもっと以前に出来上がっていたのだと筆者は思っている。
00’年代の終わりが近づくにつれて再審の機運が高まってきたことを事件に興味を持つ者は感じ取っていたにちがいない。当時のワイドショー報道では、長年にわたる売春行為、奇行など一般的には理解しかねる行動は常に危険と隣り合わせで、何者かに殺されても不思議はないと視聴者に印象づけたはずだ。この作品はそのイメージを固定化するのに一役買った。
再審の道が開ける何らかの報道があれば、再び事件は蒸し返される。ネット情報が加熱すればあらゆる情報が出回ることになるだろう。このタイミングで「恋の罪」が製作されたのは果たして偶然なのだろうか?
そして7月に第一報。11月に映画公開が決まったのはこのときではなかったのかと筆者は思っている。

当時、過熱報道するマスコミ各社に母親は「娘は被害者なのですから、そっとしておいてください…」という旨の手紙を送ったという。

その後、報道のあり方について多少の議論はされたらしいが、そのときすでに「酒鬼薔薇事件」いわゆる「神戸連続児童殺傷事件」が世間を賑わせていた。

筆者はなにも被害者が「地熱発電開発」ごと、原子力村の関係者、原発マフィアに葬られたと言っているわけではない。「売春そのものがマスコミぐるみの捏造ではないか?」という意見もネット上では見られるが、一般人としては想像の域を脱することはできない。

ただし、この映画に描かれていることは、殺害された女性について当時メディアが伝えた様々な情報の中でも、被害者やその家族にとってよりネガティブなものであり、園監督はあえてそれをチョイスし,一家の尊厳を貶(おとし)める内容にしたことは許しがたい。「母親が名家で、夫婦仲が悪く、父親は娘(被害者)を溺愛していた」という噂まで掘り起こしては作品の中で「父娘の禁断の愛」を描き、母親役には「汚れた父娘ですから」と言わしめ、9割9分真犯人が存在すると思われる現在の状況で、被害者の母親を犯人に仕立てるとは鬼畜の所業としか言いようがない。

御用監督・園子温が犯した「故意の罪」は限りなく深い。

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