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 Diary 2003・9月24日(WED.)

スカ

 ヤマネくんから、本日の甲子園(巨人戦)に誘はれた。今年はどうも折り合ひが悪く、ヤマネくんの甲子園行きの誘ひをすでに 2 回も断つてゐる。消化試合だとはいへ、一度くらゐはヤマネくんの誘ひに応へておかねばと、なんとか本日は遣り繰りして都合をつけた。よし! 遅れずに行くぜ! と起床すれば、外は雨であつた。

 ヤマネくんに連絡すると、とりあへず梅田に出ませう、といふ事だつたので、待ち合はせて、一緒に梅田に行く。梅田に着いた時点で「試合中止」といふことが判明。やはり…とガックリする。

「難波でボクの知人がやつてゐるイベント? みたいなものがあるんですが、それでも見に行きませんか」とヤマネくんが言ふので、行くことにする。これは「湊町アンダーグラウンド・プロジェクト」といふ催しで、作られたものの何らかの理由で封印されてしまつた地下街を使つたインスタレーション、といつた趣のものである。作るだけ作つて、結局一度も使はれないまま蓋を閉じられた地下街が、色んな都市の地下に存在することは私も知つてゐて、一度さういふものを見てみたいものだと考へてゐたので、これは良い機会だと少し嬉しくなつた。

 受付で、地下街で何が起こつても自分の身には責任を持つ(つまりプロジェクトは関知しない)といふ念書をとられ、1000 円払つて出発を待つ。入場制限をしてゐるのだ。時間がきて、誘導の人に従つて入り口まで歩いて行く。入り口は、やる気のないチャチな代物で、おお! とヤマネくんと共に盛り上がる。如何にも、見捨てられ、忘れ去られた世界への入り口、といつた感ぢだ。ドキドキしながら中に入ると…。フーン、といつた感ぢ。なんか大したことのない空間だな。そもそも、そんなに広くないし、薄明るい。多分奥まで続いてゐるのだらうが、すぐに行き止まりにしてあるのだ。その狭い空間の各所に、プロジェクターで色んな映像が写してあるのだが、まあ、どうでもいいやな、そんなものは。あと、床一面に多数の蛍光灯が敷いてあつて、定期的にそれがついたり消えたりするのだが、それで? といつた感ぢだ。そして、…それだけだ(あ、さういへば、壁になんかあつたけど、どうでもいい感ぢ)。どんなに頑張つても、5 分くらゐしかそこに居られない。こんだけか? と思ふと、激しく脱力してしまつた。なんか、えらく大袈裟なことを言つておいて、これだけなのか? 下らな過ぎる。怒りさへ沸いてきた。

 後で貰つたこのプロジェクトの解説みたいな奴を読んだのだが、それによるとあの蛍光灯は、もしあの空間がコンビニだとしたら、といふ仮定のもとに必要量を出し、それを一カ所に集めてつけたり消したりして、我々の日常がいかに「明るさ」に満ちてゐるか、を示したものださうだ。…呆れる。私達が日常無駄遣ひしてゐる**を積み上げると富士山より高くなります、と図示してみせる啓蒙パンフレットの類と発想が一緒だ。それでゐて、さういつた啓蒙パンフレットほどの衝撃性もおかしみもない。あまりにも程度の低い見世物だ。「芸術」と名を付ければ、こんなものでも許されるのか、と、暗澹たる気持ちになる。

 外に出ると、すつかり空が晴れてゐて、さらに我々の虚しい気持ちに拍車がかかつた。念のため、電話で確かめたけれど、やはり試合は中止。今年は縁がなかつたと思ふしかない。

 仕方がないので京都に帰り(実はその間に下らない茶店に行つたのだけれど、そのことまでは書くまい)奇天屋でお酒を飲む。全く散々な一日であつたよなァ、と愚痴りながらだとお酒もガンガンすすむ。うーむ、今から仕事に戻らなくてはならないんだけれどなァ……。

小川顕太郎 Original:2003-Sep-26;