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Text by 小川顕太郎
2006年04月09日(Sun)

見る、といふこと。
etc

 私が店に行くと、テラリーが飛んできて、「ケンタロウさん! 映画『SPIRIT』でジェット・リーの妻子を殺した犯人の最後、覚えてゐますか」ときく。覚えてゐるよ、自殺だらう、と私が答へれば、「さうでせう! オイシンさんが、『あいつはジェット・リーに殺された』と言つて譲らないんですよ。ボクは昨日見てきたばかりなのに、『テラリーは記憶を捏造してゐるんだよ。人間の記憶は改変されるからなー』とか決めつけるんですよ!」と憤然として言ふ。ふむ、なるほど。ま、テラリーは知らないと思ふけれど、オイシンは昔からさうだつたんだよ。

「何がです?」

 昔から、同じものを見たとしても、他人と違つたやうに認識してゐたんだ。パゾリーニの映画を観ても、鳥しか見えてゐなかつたし。

「ど、どういふ事です?」

 要するに、“見る”といふ行為は、目から入つた情報を脳で再構成して認識する、といふ事ぢやないか。だから、同じ情報を目から入れても、脳で再構成する過程で著しい違ひがあると、違ふものを見てしまふ、といふ訳だよ。ま、これはオイシンに限らず、誰にでもある偏差なんだけど。教養や美意識、精神力の違ひからくるものだから。ただ、オイシンの場合はそれが強烈だつたから。うん。だからオイシンは“脳の中に妖怪がゐる”とか“ウブメの夏、オイシンの冬”とか言はれてゐたんだよ、昔は。

「知りませんでした」

 でも、多分、テラリーも我々とはかなり違ふものを“見て”ゐると思ふぞ。

「さ、さうですか?」

 うん。もしなんなら、今現在、思つてゐること・感じてゐること・考へてゐること、を、毎日簡単でもいいからノートにとつておいてみな。映画や本、音楽の感想とか。2〜3年後にそれを読み直せば、愕然とすると思ふよ。

「…恐いですねー」

 うん、恐いんだよ、人間は。

Comments

投稿者 オイシン : 2006年04月17日 06:30

そうそう、そういう世界からやってきた僕にとっては、自殺か他殺かという違いは誤差に過ぎないということなのですよ。>テラリー

投稿者 テラリー : 2006年04月17日 15:02

「誤差が太い!」と、大前田に殴られますよ。

投稿者 オイシン : 2006年04月17日 21:15

がーん。いや、そのうち東堂太郎が助けてくれるはず。

これでも近くなったんだよ!

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