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Text by 小川顕太郎
2005年10月31日(Mon)

ステルス
映画

 TOHOシネマズ二条にて『ステルス』(ロブ・コーエン監督)を観る。一言で言つて、酷い映画だつた。個人的には今年のワースト1である。今回でハッキリ分かつたが、私、ロブ・コーエンがダメだわ。『トリプルX』の時も、あまりに話が幼稚でどうにもノれなかつたのだけれど、今回はほとんど白けまくつてしまつた。バカバカしい。確かに、私はバカな映画やアホな作品は大好きである。が、「バカ・アホ」と「幼稚」は違ふ、と私は考へる。「バカ・アホ」な映画は、様々な強張りを解きほぐし、固定化したものを粉砕・解毒して自由にする力があるが、「幼稚」な映画は、う〜ん、なんといふか、小さく縮こまつてイイ気なもんなんである。

 この映画は、人工知能を持つた戦闘機が暴走を初めてテンヤワンヤ、といつた内容なのだけれど、となればこれは、別に『2001年宇宙の旅』を持ち出すまでもなく、SF創生期からのテーマである。つまり、このテーマに関しては、それだけの積み重ね、様々な人々によつて試行錯誤された深みがある、といふ事だ。それなのに! この映画では、雷によつて“感情”が生じた戦闘機が、最後には仲間(むろん人間だよ!)を助けるためにカミカゼ特攻をする、といふ展開をみせるのである! 幼稚すぎる! ほとんど中学生並み、と言つておかう。

 この幼稚さに対応するやうに、この映画そのものが表してゐる感覚も、認識も、幼稚である。他者(非アメリカ人)に対する想像力が徹底して欠けてゐる。これを、アメリカ人の幼稚さに対する批判、といふ風に、ババさんやヤマネくんは解釈してゐるみたいだけれど、私には到底さうは思へない。単に幼稚なだけ。と、思ふんだけどなァ。どこに批評意識なぞあるのか。結果論としても納得できない。ヤマネくんやババさんは、アクションシーンに興奮して、この映画に有利な読みを行つてゐるんぢやないか、と私なんかは考へるのだけれど、それを言ふと、私には実はこの映画のアクションシーンも、イマイチ、なのであつた。ま、凄いと言へば凄いけれど、乗り物がギギュワワーン!!! となつたり、ものがドカアアアアアーン!!!!!! と爆発しても、なんか、ねェ。個人的にはあまりきません。私の考へる“アクション”ではない。

 また、この映画の主人公二人にも全く魅力を感じない。私の知らない男優と女優だが、まづ顔がイヤだ。いや、不細工、といふのではない。なんといふか、白人の中でも私が苦手と感じる部分を拡大したかのやうな顔で、ハッキリと受けつけない。キャラクター的にも魅力がないし、さらにセリフがいちいちさむい! もー、耐えられん。

 唯一の収穫は、現在のアメリカはかなり真剣に北朝鮮への攻撃を考へてゐる、といふ事が実感できた事か。戦争となれば、日本も巻き込まれるだらうな。あー、たまりません。

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