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Text by 小川顕太郎
2005年09月04日(Sun)

敗北
バトル

 私が店に行くと、もの凄い緊張感がカウンター周りに漂つてゐた。ハッサクさんとテラリーのジェンガエクストリーム対決の真ッ最中だつたのだ。すでにジェンガの塔はかなり高く積まれてゐる。且つ、左右にぶれてガタガタである。聞けばすでに1時間はやつてゐるとの事。これは、もう終はるな、いいところに来た。…と、考へたのは甘かつた。息詰まる瞬間は、さらにこれから30分以上も続いたのである!

 途中でババさん来店。「お! これは…いい所に来た。ハッサクさんのもの凄ーく! 悔しがる様が見られるかも! 楽しみ!」と言ふ。ハッサクさんは無表情だ。慌ててババさんが、「いや、勝つて喜ぶところも見たいなー。楽しみだなー。もの凄く喜んでくれるかもしれないし」と付け足すが、ハッサクさんは相変はらず無表情。そもそも人の話を聞いてゐないのだ。それはある程度、テラリーも同様。故に、ギャラリーは沈黙するしかない。私も心の中で、「うむ、人が勝負を観戦するのは、勝負の経過をみるためといふより、敗れた者の様子を見るためなのではないだらうか。敗者の姿を見るのは、人生の痛快事だらうから」とひとりごちてゐた。

 それにしても、二人ともよく粘る。わずかに触れるだけでグラグラなのに、よくそんなモノからピースを抜いたり、それを上に置いたりできるなァ。私なら無理。絶対に無理だな。「あー、もう無理! もう、イヤ。はやく止めたい。テラリー、降参ッて言つてもいいよ。許す」とハッサクさんが、長い沈黙を破つて言葉を発した。すでに時間は1時間半を過ぎてゐる。とうとう限界か。と、いふ事は…。

 ガラガラガッシャーン!!! ハッサクさんが敗北した。みんなの視線がハッサクさんに集中する。が、ハッサクさんは虚脱した表情でボンヤリしてゐるのみ。前回のやうに暴れたりしない。「あの…あまり無理しない方がいいよ。悔しい時は思いつきり悔しがつた方が…」と声をかけるが、身じろぎひとつせず虚空を見つめてゐる。むむー、このジェンガ対決では、一応負けた方が片づけをする事になつてゐるのだが…この様子では無理、かな。

「ヤッター、ヤッター」。気がつけば、テラリーが小躍りしながらジェンガを片づけてゐる。それをボンヤリ見つめるハッサクさん。…ま、これでいいか。

 敗北ッて、いいですね。

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