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 Diary 2004・6月4日(FRI.)

スクリュー

 現在ヒップホップの世界では、主に南部のアーティストの間で、「スクリュー」といふ手法が流行つてゐる。これは所謂「レコードの遅回し」のことで(DJ スクリューが始めたとされる)、「スクリューミックス」と言へば、ある曲の(レコード)回転スピードを遅くすることである(その他にも、なんらかの仕掛けが施されてゐるかもしれませんが)。結果として、声は不自然に低くなるし、音は濁り、籠もり、伸びきつたテープを再生するかのやうに、モガモガとうねる事になる。最初は冗談かと思つてゐたのだが(なんせ、ヒップホップでは伝統的に「レコードの早回し」といふ手法があるもので)、アルバム一枚全部スクリュー、といふ「スクリュー盤」と呼ばれるものが大量に出現し始めた頃から、これは本気だ、と気がついた。それにしても、黒人といふのは独創的といふのか何といふのか、とんでもない事を考へるなァ、と、戸惑ひがちにスクリューに耳を傾けてゐた訳であるが、ある時、ハマッた。これは、気持ちよい! この独特の感覚は、一度はまると、もう、たまらないくらゐ気持ちがよいのだ。このドロドロと、脳味噌を密の中に入れて掻き回されるやうな感覚。そこで、私はある事を思ひ出した。

 現在は主に作家として活躍してゐる町田康だが、彼は昔は町田町蔵と名乗るミュージシャンであつた。その町蔵を、私が初めて聴いたのが、ソロ EP の『ほな、どないせぇゆうねん』。それまで、伝説のパンクバンド、「クサレオメコ」から「イヌ」→「至福団」、「絶望一直線」、「人民オリンピックショー」、「どてらい奴ら」(ここらへん、順序を失念)と華々しいアングラ活動を続けてゐた町蔵の新譜が出る、といふ事で、一度町蔵を聴いてみたかつたんだ! と期待に胸を膨らませて買つたのである。もちろん、遊興費で買つたのではない、生活費(いのち)を削つて買つたのだ(レコードに、さうしろと指示が書いてあつた)

 で、ドキドキしながらレコードに針を落とすと…突如として、水中でテープレコーダーが回転してゐるやうな、重い、クグモッタ、音が鳴り響いてきて、そこに、まるでムンクの『叫び』の人が歌つてゐるやうな、低い、狂つたやうな歌が被さつてきたのであつた。私は、雷に打たれたやうにその場に立ちつくした。カ、カッコイイー。…が、実は、これは私が単にレコードの回転数を間違へてゐた、つまり遅回しにしてゐたのである。その事に、買つてから一月以上もしてから気がついた。正しい回転数で聴き直すと、町蔵の声は少しカン高く、これまた独自のビブラートがあつて、カッコヨイものであつた。個人的にはショーケンと並んで、私の好きな 2 大日本人ボーカリストである。が、しかし、私は遅回しで聴いてゐた『ほな、どないせぇゆうねん』が忘れられず、間違ひに気がついてからも、しばしば遅回しで聴いてゐたものである。私にとつての町蔵のベストアルバムは、『ほな、どないせぇゆうねん』のスクリュー盤である。

 とまァ、いふわけで、高校生の頃からスクリューの魅力に開眼してゐた私が、スクリューにハマるのも、当然といへば当然なのであつた。

 スクリュー、気持ちいいですよ。

小川顕太郎 Original: 2004-Jun-6;