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 Diary 2003・11月30日(SUN.)

はじめて

 少し前の話だが、こんな事があつた。タカハシくんが、文章を書いてゐて漢字が分からなかつたので辞書で調べてみたけれどそれでも分からない、と相談に来た。それは「はじめて〜した」を、「初めて〜」と書くか「始めて〜」と書くか、といふ問題なのだけれど、辞書には、「はじめ・て」(初めて・始めて)、と表記してある。だから、どちらの漢字を使へば良いか分からない、といふのだ。そこで私は答へた。

「はじめて」といふ言葉は和語(のはず)だから、「はじめて」と平仮名で書くのが正しく、漢字は基本的にあててゐるだけだから、「初めて」でも「始めて」でも構はない。ただし、慣用的には「初めて〜した」と書くやうになつてゐるので、さう書いた方がよい。

 このやうに答へたのだけれど、それを聞いてゐた周りの人々から(誰が居たか失念)一斉に疑念の声があがつた。どちらでもいい、といふのはおかしくないか? やはり「初めて〜した」であつて、「始めて〜した」とは書かないんぢやないか、と。私は、いや、そんな事はない、本来どちらでも良いものが、長い間になんとなく慣用的に決まつてしまつただけで、別に「始めて〜した」でもいいはずだ。長い間、と言つても 100 年も経つてゐないはずで、戦前には「始めて〜した」と書いた例も結構あるはずだ、と答へてみたものの、別に調べた訳ぢやなく、うろ覚えの知識で喋つてゐるので、少々後ろめたかつた。その場でバシッと用例を示せれば良かつたのだが…。

 で、そのままその場は済んだのだけれど、なんとなくこの問題が気になつてゐたところ、本日、何気なく本棚の本をパラパラと捲つてゐて、好例をみつけた。『日本の名随筆・珈琲』清水哲男編(作品社)に収められてゐる寺田寅彦の『コーヒー哲学序説』。いきなり書き出しに「八九歳のころ医者の命令で始めて牛乳というものを飲まされた」とある。誤植ではない、はず。これでいいのだ。良かつた、良かつた。ひとつ用例発見。他にも色々と用例はあるはずだが、ま、みなさんも昔の文章を読む時に気をつけてみて下さいな。ただし、文庫本は字句を変へまくつてゐるので、あてになりませんが。

 文字の問題は難しい。

小川顕太郎 Original:2003-Dec-1;