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 Diary 2001・9月27日(THU.)

雄呂血

 京都映画祭・特集阪妻百年のうちの 1 本、「雄呂血」(二川文太郎監督・1925 年)を観に行く。会場は京都市北文化会館。活弁と生演奏付きの上映である。

『雄呂血』は、まあ有名な作品であり、文字通りの傑作で、凄く面白いのだが、今回の上映に関していえば、音楽が悪かった。今回のために作曲した音楽を、楽団が生演奏でやってくれるのだが、これがもうなんというか、ニューエイジ風のセンチメンタルな音楽であり、映画と合っていない事はなはだしい。この人達は、この映画の解釈を間違っている。はっきり言うと、『雄呂血』は爆笑アクション巨編なのだ。その事は、画面の端々で必ずずっこけている人がいる事からも分かるが、映画本編からも当然分かる。私はずっと笑っていた。とにかくおかしい。が、どうやらその事が分かっていないのではないか? その事をちょっと説明する。

 映画の「表面的な」粗筋は、非常に善良な主人公・平三郎(阪妻)が世間の誤解を受けてどこまでも零落していくのに対し、善人面した悪党が好き放題して栄えている。なんという不条理な世の中だ。この不条理・不公平な世の中に対し、剣豪・平三郎の怒りが爆発し、ラストの圧倒的な殺陣シーンに流れていく、というもの。実際、映画の冒頭でも、善人に見える者必ずしも善人にあらず、悪人に見える者必ずしも悪人にあらず、と説明される。が、これはあくまでも映画の「表面的な」粗筋に過ぎず、実際は全く違う映画だ。正に映画そのものの構造は、「表面的に」そう見えるもの必ずしもその通りにあらず、なのだ。

 主観ではあくまで善良なつもりの平三郎。しかし、客観的にみればパラノイアのストーカー野郎。人の迷惑も顧みず、自分の主張を押しまくって、それが通らぬとなれば「おれの心が分からぬか!」と暴れ回る。彼は絶対に反省しない。常に「なんでこんなに善良な俺が、こんな酷い目にあうのだ。つくづく世の中は不条理だ」とひとりごちている。しかし、自分で自分の事を善良と信じている人間って、たいてい碌でもない奴ですよね。

 思いを寄せる女性からは、はっきりと嫌われて絶交までされているのに、夜に家まで忍び込んで迫ってみたり、果ては誘拐して(誘拐したのは他の人だが、それを黙認した)きたりして、「おれの心を分かってくれ! おれは世間で思われているような悪党ではないのだ!」とつかみかかる。とんでもないストーカー野郎です。

 誘拐の罪で獄舎に繋がれた平三郎。その女性恋しさに脱獄します。で、その女性の家まで行くと、なんと彼女はすでに結婚していた! ガーン! 悶えまくる平三郎。センチメンタルで思い入れたっぷりな音楽と相まって、非常に気持ち悪いシーンです。そこに追っ手がやってきます。「神妙にしろ!」

「ま待ってくれ、俺は今、気が狂いそうなのだ。しばらく放っておいてくれ!」とあまりに自分勝手な事を言う平三郎。

「なにを身勝手な事をいうか! おとなしく縛につけ!」と当然の主張をする捕り手。

「こ、ここまで言っても、俺の心がわからぬかあ〜。そんなに分かってくれないのならば、俺はおまえらを皆殺しにするかもしれんぞ〜!!」と凄む平三郎。私はこのあまりの独善性に爆笑、しかし、平三郎は剣豪であったという事実に気が付き、正に「キチガイに刃物」だと、背筋が寒くなったのでした。

 そしてお約束の大殺陣シーンへ。ここでの阪妻は素晴らしいです。ふと正気に返れば、周りに役人の死体の山。「あああ、とうとう俺は人殺しをしてしまったあ‥。このように善良な俺が大罪を犯すとは、つくづく不条理な世の中だあ…」もう、たまりません。こういう奴は死刑に処すべきですね。

 さて、物語は、ちょっと深く観ればかくのごとしなんですが、制作者達はいったいどういう意図でこの映画を作ったのでしょうか。気になるのはこの映画の制作年が 1925 年=大正 15 年であること。大正時代といえば、大正モダニズムといって、現在の左翼リベラルに繋がる人間が大量発生した時代。ひたすら自らの善意・正義を信じ、自分たちの主張が通らぬ世の中を不条理・封建的と批判して、伝統無視・親不孝・恋愛至上主義を旗印に、自己主張と自己満足に満ちた人間の大量発生した時代です。

 正に、平三郎は、こういった左翼リベラルに繋がる所を持った人間です。もしかしたら、この映画はそういった大正モダン野郎に媚びを売った映画なのか? いやいや、表面的にはそう見えても、実はよく観ればそういったリベラル野郎の嫌らしさが十分に分かるように作られている。「表面的に」そう見えるもの必ずしもその通りにあらず、という映画の冒頭で記された言葉をそのまま体現した、痛烈な大正モダニズム批判の映画。なればこそ、この映画は傑作なのだ、と私は納得したのでした。

 夜はフットサル。今回から FC オールナイターは、助っ人制を廃止した。あまりに助っ人を頼みすぎて、訳が分からなくなってきたので、例え弱くても、オパールのスタッフと常連さんを核にしたチームに再編成したのだ。代わりに、ショウヘイくんをオパールのスタッフということで、レアル・クスケーニャから引き抜いた。そのショウヘイくんの、裸足でシュートを決めまくるという大活躍のおかげで、FC オールナイターはみごと優勝したのでした。イエイ!

 ついでながら付記しておきます。タケダくん・ヤマネくん・ショウヘイくん・ミツギちゃん、どうも有り難うございました。

小川顕太郎 Original:2001-Sep-29;