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Magazine Review 1999・8月8日(SUN.)

カンサイウォーカー
8/4〜8/17号

 日記にも書いたように基本的に私は取材の記事には口を入れない。しかし今回に関しては校正の段階でマズいと思い、訂正をいれようと思ったのだが、ゴタゴタしているうちに手遅れとなってしまった。

 なぜ今回の記事はマズいのか。店のイメージが少々ずれてるくらいなら何もいうまい。こちらの思った通りの記事なんてありえないのだから、それぐらいは気にしない。しかし今回はズレという問題ではなく、我々が店を作るにあたってこれだけは避けようとした正にそのもの、あえていえば仮想敵であるもののイメージに沿って、記事が書かれていたからだ。

 ではその我々の仮想敵とはどのようなものか。誤解を恐れずにいえばそれは「木屋町的なもの」である。別に「木屋町的なもの」が悪いといっているわけではない。しかし木屋町のヤンキー的なノリや左京区のヒッピー的なノリとは一線を画す店である事、ここにオパール存在の意義があるのだ。同じような店などいくらたくさん作ってもしかたないではないか。木屋町や左京区のノリにあきたらない人々(我々はみなそうだった)の避難所を作ること。

 今回の記事の具体的にどのへんが木屋町的なのか。それはなんといってもカウンターの写真とそれに付けられた文章である。「〜気のいいスタッフが暖かく迎えてくれるので、1 人でも気軽にたずねられる〜」という所。もちろんオパールはひとりでやってくるお客さん大歓迎である。また実際にひとりで気軽に来てくれるお客さんも多い。ただオパールに「人の暖かみ」みたいなものを求められてもちょっと困るのだ。

 オパールのスタイルは一言でいえば「クール」。皆がそれぞれのスタイルを持ちながら勝手に遊ぶこと。本を読むなり、音楽を聴くなり、友達と喋るなり。もちろんスタッフに話かけても全然かまわない。そのときに都会人としての礼儀、つまり適度な距離感を忘れなければいいのだ。これは別に難しいことではない。あまりに傍若無人に振る舞ったり、スタッフにいきなりタメ口で話しかけたりしなければいいだけのことだ。おいおい、うちでもそんな客は困るよ、という木屋町のお店もあることだろう。もちろんおっしゃる通り。別に木屋町にあるからといって「木屋町的」なわけではない。ただ木屋町にはそういうイメージが厳然としてあり、そのイメージから逃げようとしているお店があるということ、このことをライターのかたは覚えておいたほうが良いだろう。

オガケン Original: 1999-Aug-08;

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