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 Movie Review 2004・10月13日(Wed.)

華氏911
Vol. 2

 昨日の続き。

 しかしながら映画の後半、マイケル・ムーアがくりだす映像は、だんだんと凄みを増していきます。

 アメリカの一方には戦争景気で肥え太り、「戦争は、ビジネスにとってはイイ!」とのたまうエグゼクティヴ諸君がいて、そして他方、失業者だらけのさびれまくった元・工場町の風景が映し出される。

 黒人少年にとって貧乏から脱出するには、ヒップホップアーティストになるか、兵隊になるしかなく、そこにつけ込む軍隊リクルートの模様は、何ともおぞましい限りです。

 資本主義、というか帝国主義は資源と安価な労働力を求めて海外へと膨張していく。すると、資本家諸君は肥え太るが、国内に貧困と失業者が蔓延する。貧乏人には「国家危急のときだから」と耐乏生活が強いられ、若年失業者は兵隊の格好の供給源になる。戦争を遂行していくには、大量の失業者と貧困を生み出し続けることが必要なのですね。

 また、恣意的に「テロ警戒レベル」を上げ下げして恐怖心をコントロールし、不満の矛先を存在しないテロリストに向けさせる。

 貧乏家庭出身の最前線兵士たちは、「この音楽を聴いてハイになって敵を攻撃するんだ」と無邪気に述べる。

 ……まさに、『1984 年』の「戦争は平和である 自由は屈従である 無知は力である」スローガンがアメリカで実践されているのではないか…? と一人ごちました。

 圧倒的に哀れを誘うというか、暗澹たる気分にさせられるのは、息子をイラクで殺された母親ライラさんの挿話です。

 ライラさんは自分の一族が軍人一家で、「娘も息子も軍隊に入れて、誇りに思うわ!」と毎日星条旗を家に飾り、「あの人たちは何もわかっていない!」と反戦運動を嫌悪していたところ、息子がイラクで戦死してしまいます。銃後の母としての覚悟はできていたはずなのに……

 ……息子からの最後の手紙には「僕はブッシュに怒っている。彼の再選を絶対に阻止しなければならない」と書かれてあって、ライラさんは後悔と自責の念にかられます。「反戦運動する人の気持ちがやっとわかったわ! あの人たちは兵隊が嫌いなんじゃなくて、戦争そのものが嫌いなのね」と語り、トボトボとホワイトハウスに向かう姿に私は茫然と涙を流しました。ひどすぎる!! アメリカ愛にあふれた母親にこのような仕打ちをして恥じないブッシュ政権は恥を知らなければならない、と、はらわたが煮えくりかえる思いを味わいました。

 と、いうか私は、「映画としてはイマイチですなー」としたり顔で一人ごちていたところ、「映画って何? 私の息子が死んだのは映画なんかじゃないわ! 現実よ!」とライラさんに怒られてしまったように感じ、大いに反省したのでした。

 少し余談ですが、『1984 年』の予言よりも最悪なことに、アメリカという、言論の自由が世界一認められていて、完全なる民主主義が実現し、歴史が終わってしまった国家、あるいは欲望を解放しまくることができる、『1984 年』と逆に見える国に、『1984 年』と同じような軍事独裁が成立していることに、私は歴史の不思議というか、歴史の皮肉を感じました。

『1984 年』国家の特徴として、権力による厳重な「検閲」「情報操作」「国民監視」があげられるでしょう。『1984 年』とアメリカが違う点は、アメリカにおいては、一般の国民が自主的に、積極的に、理性的な判断でそれら行っているということではないでしょうか。ここで私は「PC (ポリティカル・コレクトネス)」という「自主的な検閲」の愚劣さを暴いた『白いカラス』(テイラー・ハックフォード監督・フィリップ・ロス原作)を思い出しました。

 それはともかく、戦争景気で生活を潤わせる人たちは、「ヘタな発言をすると、たちまち職を失って貧乏人の側に回らなければならない」という恐怖で、自らの発言を自主的に規制・検閲しているのでは……? なんてことを考えました。

 話変わって副島隆彦氏は、『やがてアメリカ発の大恐慌が襲いくる』 でも、11 月のアメリカ大統領選挙で、ブッシュが僅差でケリーを破るだろうとズバリ大胆予測し、

 アメリカ国民は、貧しい層を含めて、「ブッシュは嫌いだが、あいつが、戦争を仕掛けて、それでアメリカ国内の景気を維持してくれるのであれば、それでやむをえない。ひどい目にあう外国のことなど自分たちの知ったことではない」というのが、今のアメリカ国民の本音である。(副島隆彦著『やがてアメリカ発の大恐慌が襲いくる』)

 …と鋭く指摘しておられます。ひどい目にあっているのは外国だけでなく、娘・息子を殺される母親・父親も充分ひどい目にあっているはずなのに、彼らの姿がマスメディアに登場することがないためか、半数近いアメリカ人はブッシュ政権継続を望んでおられるようですね。

 ファシズムの語源は「束ねる」という言葉だそうですが、大部分アメリカ人は「金もうけ」という共通の価値観で束ねられているのでは……? ってよくわかりませんが、民主主義や情報公開が進んでいても、大規模な情報操作が行われるとファシズムが生まれることに今さらながら私は驚き、ひるがえって日本も、こういう『1984 年』的世界にきわめて接近しているなぁ、と将来に対する漠然とした不安に囚われたのでした。

 ともかくこの『華氏 911』、ライラさんの悲劇は、日本でも身近に起こる悲劇だと思いますので、もし小泉首相が未見のままでしたら「偏ってるから見たくない」などと申さず、ぜひ見ていただきたいと思います。よけいなお世話ですが。と、いうか、恥を知れ! と申し上げたい。

 何より、アメリカのリアルな現在の姿を、ズバリ、そのものとして描いたのが素晴らしいですし、21 世紀の現在、映画こそが、「個人の政治的な見解」を世界にもっとも広く表明することができるメディアである、と示したのも画期的ではないかしら? バチグンのオススメです。

 私も、マイケル・ムーアを応援したいと思います。フレー、フレー。って極東の島国の片隅で日本語で書いていても仕方ないので、英語で。マイケル! ファイトー!

☆☆☆☆★(☆= 20 点・★= 5 点)

BABA Original: 2004-Oct-11
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