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 Movie Review 2004・5月26日(Wed.)

エレファント

 オレゴン州ポートランド郊外。いつもと同じ 1 日だと思ってた。ババーン! 『小説家を見つけたら』ガス・ヴァン・サント新作は、アメリカはコロンバイン高校“銃乱射事件”を題材に、事件一日を再構成する試みです。

 象も出てこないのに、なぜ、題名が『エレファント』? 若者の暴力を扱った同名 BBC 作品にちなんだものとか。ですが、ガス・ヴァン監督の念頭には、“群盲、象をなでる”ということわざがあったそうです。

 コロンバイン高校事件については、マイケル・ムーア『ボウリング・フォー・コロンバイン』以外にも、アメリカで様々な言説が飛び交ったことは想像に難くないのですが、それらは、結局“群盲、象をなでる”であった、とガス・ヴァン監督は言いたいのかも知れませんね。

 では、この『エレファント』こそが“真実のコロンバイン高校事件”である! ダーン! というわけでもなく、犯人のキャラなどだいぶんと変えられている様子で、例えば犯人少年たちはマリリン・マンソンを聴いていた、と騒がれましたけど、この映画の犯人少年の一人は、ベートーベンのピアノ曲を見事に奏でたりする…という具合でございます。

 結局、ガス・ヴァンもまた“盲人”の一人となって、象をなでるのに参加しただけ、ではございますが、ガス・ヴァンならではの“なで方”が展開されるのであった。

 ガス・ヴァンの“なで方”とは、いかがなものかと申しますと、複数の男女生徒(犯人生徒含む)のその日を、若干の回想もまじえつつ時間軸を交錯させながら、彼ら生徒が、事件が起こることになる、校舎周辺を移動する過程を、すぐ後方からカメラがえんえんとつけまわすという手法を取っています。

 犯人も被害者も、また野次馬も、映画に登場する人物は、ほぼ等価なものとして扱われているように、私には見えました。そんなところから、犯人は何ら特別な人間ではなく、誰もが同じようなことをする可能性を持っているのだ、犯人、被害者、野次馬は、それぞれ交換可能である、とガス・ヴァン監督は言いたいのかも? と深読み・裏読み・斜め読みするのは、象をなでている盲人を、さらになでるようなものでございますね。

 それはともかく、登場人物をえんえんつけ回して廊下をうろつきまわるカメラに、多くの方はスタンリー・キューブリック『シャイニング』を想起されるのではないでしょうか。ステディカムでなめらかに、登場人物の後ろに付き従う視点は、あたかも観客自身が、建物内部をうろつきまわるかのような心持ちにさせる効果があります。『シャイニング』で、あたかもお化け屋敷に閉じこめられた気分を味わったように、この『エレファント』で、観客は校舎をさまよって、銃撃現場に遭遇するのであった。ガス・ヴァン監督は、自らの解釈を提示するのではなく、観客にコロンバイン高校事件を“体験”させようとしているのでしょうね。…って、また盲人をなでてしまいました。

 それはともかく、現場に向かう車を、後方上空から撮っているのも、『シャイニング』と似ておりますね。この、酔っぱらい運転でフラフラしながら、破局に向かっていく車こそ、アメリカの現在の姿に他ならない。…って、盲人をなでるのもいい加減にしておきますが、ゆっくりゆっくり、時にはフッとスローモーションになりながら、退屈しながら、校舎に乗り込んだ二人組が銃撃を開始する瞬間を待つ緊張感は、スリラーを見ているようなおもむきでございます。ガス・ヴァン監督は『サイコ』でヒッチコック・タッチの正確な模写をおこなった経験を生かし、今回は『シャイニング』も参照して、傑作スリラーを作り上げた……なんて見方をしているのは、私だけでしょうけれど、いざ銃撃が始まってからの手に汗握る緊張感は、出色でございます。

 ともかく、悲劇を見ることで心が浄化されたように感じる、本来的な意味でのカタルシスがこの作品にはあります。また、少年少女の退屈な日常を、背景のピントがぼやけた映像でとらえるのは、ラリー・クラークの『KIDS』のように美しく退屈、ガス・ヴァン監督の最高傑作。バチグンのオススメ。

☆☆☆★★(☆= 20 点・★= 5 点)

BABA Original: 2004-may-19