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 Movie Review 2003・3月3日(MON.)

戦場の
ピアニスト

 ホロコーストを生き抜いたポーランドのピアニスト、ウワディスワフ・シュピルマンの実話を映画化。おすぎ氏曰く「59 年生きてきて、この映画に巡り会えて本当に幸せです!」とは、何と大げさな! というか、おすぎが 59 歳なのにビックリ! と思いましたけど、最近はコッソリと公開され、あまりヒットしてないポランスキー作品に観客が詰めかけているわけで、おすぎの影響力恐るべし、なんですけれどそんなことはどうでもよく、名作が誕生した、そういう映画史が更新される瞬間に立ち会える、というのはなかなかに気色良い体験でございますね。

 ホロコーストを描いて、まともに、説得力のある作品に仕上がっている、と申しましょうか。私の場合、『シンドラーのリスト』はスピルバーグの演出の技巧が鼻につき、情報操作のための政治映画の面が強く感じられ、主演リーアム・ニーソンの眠たそうな顔も相まってたいそう退屈をもよおしたものです。それに比べて…って比べる必要は全然ないんですけど、今回ポランスキー、これ見よがしの技巧を抑えてオーソドックスな演出に徹しており、というか吟味しまくった演出がビシバシ決まって最高に気色良いです。泣かせどころをドラマチックに盛り上げることもなく、淡々と、一貫してクールさを保っております。シュピルマン家族がいよいよ強制収容所に送られる直前、一ヶのキャラメルを父親が家族に分け与えるシーンとか、じわじわーと胸に迫るものがあったり。

 自身もゲットー体験を持ち、母親を強制収容所で亡くしているポランスキーが持てる力の全てを注いで、ホロコーストを描いているわけで、ナチスに対する怒りがこめられていて当然なのですが、それは、秘められております。ナチスの圧倒的なクールさを、クールに提示するのみ。ユダヤ人を射殺するいくつかのシーンの無機的・機械的な振る舞いが凄いです。『シンドラーのリスト』などでは、ナチス・ドイツは悪人、または精神異常者として描かれてきました。それは、フリッツ・ラングがナチス憎しの怨念をこめた『死刑執行人もまた死す』などのナチス像を踏襲するものです。この『戦場のピアニスト』でのナチスは、アイヒマンの裁判ドキュメンタリー『プロフェッショナル―自覚なき殺戮者』で提示されたナチス像をドラマに落とし込んでいる。つまり、ナチスは任務に忠実だっただけであって、個人の精神は異常でも何でもなく、ただ凡庸に、事務的に職務を全うしていただけ、という印象であり、そういう描き方こそ、リアルなのであった。(適当)

 ここでは、善悪、好悪の判断は観客に委ねられております。ただただ、ピアニストの見聞に、ポランスキー自身の体験を重ね合わせ、可能な限りリアルに再現することに注力されています。逃げ回るピアニストの姿が、悲惨を通りこしてユーモアを漂わせるほどに、タッチが乾き、クールさが増せば増すほどに、ポランスキーが感じたであろう恐怖が浮かび上がって来るのであった。

 引いた視点、スタンスが絶妙でございます。ワルシャワ蜂起の市街戦は、ピアニストが眺める窓外の遠景として展開される。市街地にガリガリガリと戦車が現れ、砲塔がチャリチャリチャリ、スーッとピアニストがいる建物の方向を向く。…うーん、素晴らしい。ドカンと爆発して、耳がキーーーンとなるところとか、最高でございます。

 ラスト近く、ピアニストを救ったとされるドイツ将校とのエピソードだけが、幻想的な雰囲気に包まれます。リアリズムに貫かれた作品の中にあってここだけ浮いて見える。のみならず、エンドタイトルはオーケストラをバックにピアニストがピアノを弾き、圧倒的な幸福感に包まれます。ポランスキーは、“ポランスキー・タッチ”と言ってもよい、他に例を見ない“恐怖”をズッと描いてきました。ポランスキー作品は昔から、後味の悪いものばかりでした。そこがポランスキーのいいところだったのですけど、今回、ついに創造の源泉の一つホロコーストの記憶を真正面から描いた、というか、ようやく描けるようになった、そして「音楽がピアニストを救った」と結論づけられても仕方がないような、ロマンチックに見られる怖れのある結末の映画を撮ってしまった。私は、全然そんな映画ではない、生き残ったのがたまたまピアニストだっただけだ、と思いましたけど、ポランスキーも 68 歳になって老人力が付いてきたみたいですね。ということで、今後もポランスキーの新作が楽しみでございます。ポランスキー最高! 『ブレッド & ローズ』のヘナチョコ左翼エイドリアン・ブロディも好演、バチグンにオススメのマスターピース。立ち上がって拍手。パチパチ。

☆☆☆☆★★★(☆= 20 点・★= 5 点)

BABA

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