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 Movie Review 2003・6月7日(THU.)

過去のない男

 2002 年カンヌ映画祭グランプリ+主演女優賞受賞の、アキ・カウリスマキ監督新作。さて私、カウリスマキの『マッチ工場の少女』『真夜中の虹』が大好きで、カウリスマキはお気に入りの監督の一人だったはずが、はっと気づけば『浮き雲』『白い花びら』と見逃し続けており、久々のカウリスマキ作品なのでした。で、この『過去のない男』、カンヌでグランプリを取ったとは、にわかには信じがたい素晴らしい作品でございました。聞けば、2002 年のカンヌの審査委員長はデビッド・リンチだったそうで、それならグランプリを取ってもおかしくないかな? …って、よくわかりません。

 主人公の男は、映画の冒頭で、暴漢に殴る蹴るの暴行を受け瀕死の重傷を追い、過去の記憶を無くしてしまいます。彼は、港湾近辺のコンテナハウスに住む家族に助けられ、周囲の貧しき人々や、救世軍のメンバーと親交を結んでいく、というお話。「普通」ならば、男の正体や如何に? とか、果たして男の記憶は戻るのか? という小細工で観客の興味をひっぱるところですが、カウリスマキは、「それは、映画の本質ではない」と言わんばかりに、ただただ瞬間・瞬間の出来事をスケッチしていきます。

 ワンシーンごとに笑いどころが用意されております。さしずめ、四コマ漫画なんですけど、全体として長編漫画になっている、業田良家『自虐の詩』みたいな、と、いうか、ワンシーンに起承転結を設定して、観客の目を釘付けにするのは、まさしく映画のクラシックの手法ですね。「現代において、アキ・カウリスマキだけが映画と呼んでもよい映画を撮っているのだ」、私は一人ごちたのでした。

 人生は前にしか進まない、男は過去をまったく気にしないし、周囲の人々も彼の過去を詮索しない。しかし、カウリスマキほど「過去の映画」を意識し、遺産を継承しようとしている監督は、他にいないのではないでしょうか? 人生にとって、過去はどうでもいいのですが、映画では過去の記憶こそが重要なのであった。適当。

 説明的な描写や台詞がとことん排除され、俳優の動作に情感を漂わせる倫理的な演出が最高です。男が、日本酒を注文し、慣れない手つきで箸を使って寿司を食す。胸ポケットから、葉巻を取り出し、一瞬、躊躇したのち、ポケットに戻す。うーむ、エモーショナル。

 それはともかく、フィルムの美しさが格別です。黒味がちなスクリーンに、ぼうっと色彩が浮かび上がる。画面の隅々、俳優の顔、セリフ、セット、音楽、犬。…すべてに監督の美意識が貫かれており、「久々に、完璧な映画を見た」、私は、得も言われぬ幸福感に包まれて京都みなみ会館を後にしたのでした。マスターピース。バチグンのオススメ。

☆☆☆☆★★(☆= 20 点・★= 5 点)

BABA Original: 2003-Jun-6;

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