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 Diary 2004・6月6日(SUN.)

脳死・臓器移植の本当の話

 小松美彦さんの『脳死・臓器移植の本当の話(PHP 新書)を読了する。可能涼介が言ふ通り、優れた本であつた。

 もともと私は、脳死には懐疑的だし、臓器移植には反対の立場である。ドナーカードなんて決して持つまい、と思つてきたし、友人にも「持つてはいけない」と言つてきた。理由は単純で、ドナーカードを持つてゐると、いざといふ時に治療の手を抜かれる(そして脳死状態へと追ひ込まれて臓器を摘出される)かもしれないからだ。かういふ事を言ふと、「まさか、考へ過ぎ」、と言ひ返す友人も何人かゐるのだが、さういふ事を言ふ友人たちは、脳死・臓器移植の事についてほとんど何も知らない。そこで、私が自分の知つてゐる範囲で脳死・臓器移植手術に関する疑惑を話すと、一応ショックは受けるのだが、それでも…これから先は良くなるかも、といつた感じになりがちである。しかし、そんな事を言つたら、「これから先」なんて実際のところどうなるかなんて誰にも分からない訳だし、どうとだつて言へる。かういつた場合は、今までズーッと「黒」だつたのだから、いきなり「白」になる事はまづなく、当分は「黒」、精々「灰色」ぐらゐ、と考へるのが理性的だと思ふのだが、自分の持つてゐる「脳死・臓器移植は悪くない」といふイメージをいきなり捨て去るのが難しく、「これから先は…」といふ非理性的な考へを述べる、といふか、ほとんど思考放棄してしまうのだらう。これはマインドコントロールされてゐる人の状態なのだが、正に本書においても、世間では「脳死・臓器移植は悪くない」といふマインドコントロールが、マスコミを通じてなされてゐる、と指摘される。私はテレビを観ないので分からないのだが、「命のリレー」などといふ美辞麗句とともに語られたり、臓器提供を待つ可愛らしい子供のドキュメンタリー番組を放映したりと、基本的に「脳死・臓器移植」に肯定的なイメージばかりが流され、否定的な情報はほとんど流されないらしい。そこで、マスコミでは一切流されない、しかし現場にゐる人間の間では知られてゐる情報を提供し、みんなが自分で考へる一助にしやう、といふのがこの本の目的のひとつである。では、その中から、ひとつの情報を拾つてみよう。

 脳死者のドナー(臓器提供者)からの臓器摘出手術の現場において、どのやうな事が起こつてゐるのか。まづ、ドナーの身体にメスをいれると、ドナーの血圧が上昇する(もちろん上昇しないドナーもゐるだらうが、しばしばさういつた事が起こる、といふ事。以下同様)。死体の血圧があがるなんておかしな話だが、とにかく上昇する。その後、ドナーはゆつくりと手を振り回しはじめ、自分に繋がれた管を掴もうとしたりする。最後に、ドナーは臓器摘出時には涙を流す。…このやうな事を、みんなは知つてゐるのだらうか。マスコミは伝へてゐるのだらうか。これはあまりにショッキングな事態なので、臓器移植先進国の欧米では、臓器摘出の手術時にドナーに麻酔・モルヒネなどを注射する事になつてゐるやうだ。しかし、これはおかしな話ではないか? 実際、学者の間でも、これらの事は死後に起きる反射に過ぎない、いや、やはり脳死者は死んでゐない、と意見が分かれてゐるやうだが、かういつた事を、世間の人たちは知つてゐるのだらうか。

 もし知らないとすれば、それはかなり問題だと思はれる。なぜなら、現在「臓器移植法」の改正が行はれやうとしてをり、その結果いかんでは、我々すべては臓器移植に関する自己決定を迫られることになるからだ。どういふ事かといふと、今の「臓器移植法」では、まづ生前に「臓器を提供します」といふ意志を示してをり、かつ家族の同意がある人からしか、臓器を摘出できない。が、改正後には、「私は臓器を提供しません」といふ意志を生前に示してゐた人以外からは、基本的に臓器を摘出できる、といふ事になるかもしれないからだ。これは、実質的に、臓器移植に関する自己決定を迫られることと同じである。今までは、臓器移植とかよく分からないしー、とか、興味ないしー、といつた人々は、臓器移植に関係なく暮らしていけた。が、改正後は、さういつた人々は、否応なくドナーにされてしまうかもしれないのだ。そのやうな、臓器移植に関する自己決定を迫られる時に、「臓器移植は命のリレー」とか「臓器移植で人々の命が救はれる」といつた肯定的なイメージのみで、「ドナー候補になると、まともに治療して貰へないかも」とか「そもそも脳死者は死んでゐないかもしれず、臓器摘出の手術の時には、涙を流して暴れる」といつた否定的な情報が与へられてゐないとすれば、これはかなりの問題ではないか。

 さういつた事を避けるためにも、ひとりでも多くの人にこの『脳死・臓器移植の本当の話』を読んで貰ひたい、と思ふのでした。

小川顕太郎 Original: 2004-Jun-8;
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