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 Diary 2004・10月29日(Fri.)

ラスト・オブ・オイシン

 オイシン来店。上海旅行の話をする。

「いやー、何と言つても上海雑伎団ですよ! 凄かつたです。命かけてます。椅子をドンドン積み重ねていつて、その上で逆立ちしたり身体を逸らしたりする芸があつたんですが、もう、どこまでも椅子を積んでいく! 最終的には 10 メートルぐらゐの高さまで積んだんぢやないかなー。さらに! その上に椅子をわざと不安定に斜めに置いたりして、その上で倒立したり。わー、止めてくれー、といふ感じです。とにかく緊張感が凄いんですよ。無事に終はつた時は感動しました。」

 なるほど。この話を聞いて、私は昨日の 7 周年パーティーの時に行はれた、カズ 16 の手品を思ひ出してゐた。余興のひとつとして、以前からカズ 16 に「手品をやれ」と言つてゐたのだが、まさか本当にやるとは思つてゐなかつた。だから昨日も、冗談半分に「手品やるんだらうなー」と言つてゐたら、カズ 16 が「うーん、トランプがあれば出来るんですけど…」などと答へるので、よし、それならオパールで売り物にしてゐるアラン・チャンのトランプを使はせて…と、私が身を乗り出せば、「あ、実は持つてきてゐるんです、トランプ」と言つて、カバンからトランプを取りだした。お! やる気か、と、トモコがわざわざ机を用意して、みんなでその机を囲んで鑑賞に及んだのだが、どうやら手品初挑戦だつたらしく、カズ 16 の声と手が震へてゐる! もの凄くたどたどしくて、これは大失敗をするかもしれないと、もの凄い緊張感がその場に生まれた。マツヤマさんを相手にカードマジックを行ふのだが、さすがのマツヤマさんも気を遣つてゐる。…が、結局、成功したのである。今になつて考へてみれば、大した手品ではなかつたかもしれないが、その時は凄く感動した。みんなも「わー! 凄いー」とどよめいてゐた。これはやはり、緊張感を煽つたカズ 16 の勝利だらう。…

「あの、上海雑伎団はホントに凄いんですけど…」

 実は今日がオイシンの最後の来店なのだ。本日、引越屋さんに荷物を全て預けたオイシンは、明日には部屋を引き払ひ、ボヘミアンの出来損ないのやうな長髪を ROMANZA できれいサッパリと切り落とし、立派なサラリーマン頭となつて故郷に帰るのである。最後だといふのに、いや、むしろ最後だからこそなのか、私とトモコとオイシンは、どうでもいい話を夢中になつて続けた。まるで話が途切れるのを怖れるかのやうに…。が、いつしか、ふッつりと三人とも口をつぐんでしまつた。もう、何も話すことはない。

「ぢやあ、店主、トモコさん……」

 あァ、オイシン元気でな。

「えェ、お二人もお元気で、それでは……」

 気をつけて帰るのよ。

「はい、ありがたうございます。ぢやあ、その…‥」

 ん?

「また再来週には帰つてきますから」

 な、なにー! なんで帰つてくるんやー! そんなにすぐに帰つてこんでもいい!!

「はいはい、でも再来週には帰つてきますから。ではー」

 と、オイシンはエレベーターの中に消えていつた。全く、困つた奴だ。せめて 10 年ぐらゐして、立派なネカチモになつて戻つてきてほしい。そして、オパールに恩返しをしてほしい。それまでは、戻つてくるな。

 1 分後、オイシンは忘れ物をとりに戻つてきたのであつた。

小川顕太郎 Original: 2004-Jan-31;