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 Diary 2004・5月27日(THU.)

メアリー・J・ブライジ、コンサート

 大阪城ホールにて、メアリー・J・ブライジのコンサート。大阪城ホールに来るのは、多分、10 年ぶり以上だと思ふが、随分と小さくなつた、といふ印象。それはお客さんの入りがイマイチだつたために、会場を狭めに組んだからだと思はれるが、それにしても、いくら平日だからとはいへ、メアリー・J・ブライジでこの程度の入りだとは。正式な来日公演は 8 年ぶりだといふのに、と、複雑な気持ち。

 前座はなんと N.E.R.D。しかも N.E.R.D が前座を務めるのは大阪公演だけ、といふのだから、貴重ではある。19 時に開演、といふ事だつたが、正にキッチリ 19 時に、しかも唐突にライブが始まつたのでビックリした。普通、もう少しおしたり、ひいたりしないか? N.E.R.D は、予想通りのバリバリのロックバンドスタイルで、ゴリゴリ押してくる感じ。どうやら N.E.R.D 目当てのファンも多かつたらしく、少女や少年が席を離れてステージへと殺到してゐた。ファレルがシャツをまくりあげてお腹(とパンツ)を見せれば、黄色い歓声があがる。うーん、それにしても、チャドがゐなかつたやうなのだが…。ファレル名義の曲『FRONTIN'』も交へつつ、タイトに 30 分ほど。いや、なかなか面白かつたですよ。

 そして、メアリー・J・ブライジ。最初ステージに映像が映り、そこからショウに移行する、といふスタイルだが、映像では英語で喋つてゐるのでイマヒトツ何を言つてゐるのか分からなかつたとは言ふものの、多分、「メアリー、君はもう少しお金儲けのことも考へないとダメだよ。お金がなければ君の好きな音楽を続けることもできない、さうだらう?」とかレコード会社かなんかの人に言はれて、「お金よりも大切なのはファンのみんなよ! お金があつても、ファンの人たちがゐなければ音楽活動を続ける意味がないわ!」とメアリー・J・ブライジが言ひ返し、「それなら勝手にしろ!」「ええ、勝手にするわ!」と言つてメアリー・J・ブライジがエレベーターに乗り込み、それが少しづつ近づいてくる。ま、ベタな演出とはいへ、それでも段々と盛り上がつてくる雰囲気に胸がドキドキして、エレベータが目的地につき、バーン!! と映像が炸裂して、同時にステージにメアリー・J・ブライジが顕れた時は、カ、カッコイイー! と目がクラクラとしたのでした。ダンサーを 4 人引き連れて、デビュー曲の『YOU REMIND ME』からショウの幕開け。とにかく、素晴らしいの一言だつた。次々と繰り出される名曲の数々、映像で参加するラッパーたち(リル・キム、G- ユニット、イブ。なぜかメソッドマンがゐなかつた)、寸劇風の演出もなかなか良かつたし、ダンサーたちも見事。メアリー・J・ブライジは 2 回衣装替へして、最初はジーンズに黒のチューブトップ、次はターコイズブルーのジャンプスーツ、最後は白のジーンズの上下に赤のハイヒール。合間に、帽子を被つたり手袋をしたりサングラスをかけたりと、趣向を凝らしてゐたが、常にきまつてゐる。といふか、立つてゐるだけで周りに放射するオーラのやうなものがあつて、そんなお洒落を凝らしたやうな趣向なんて本当はどうでもいいの、とばかりに歌を叩きつける様が圧倒的であつた。ブラックミュージックの伝統に忠実なエンターテインメント性 100 %のステージを堪能しました。

 最後は『FAMILY AFFAIR』で締め、アンコールはなし。ステージ終了とほぼ同時に電気がつき、放送が流れたのにまたビックリ。なんとも容赦のない終はり方だ。でも、これはホール側の事情なのかもしれない。昔はこんなではなかつたやうに思ふのだが…。

 とにかく約 1 時間半、大満足であつた。帰りは京橋の居酒屋でコンサートの余韻に浸りながら冷酒を呷る。結構、飲んでしまいました。

小川顕太郎 Original: 2004-May-29;