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 Diary 2003・10月2日(THU.)

河井寛次郎
記念館

 思ひ立つて、河井寛次郎記念館に行く。某所で用事を済ました後、タクシーに乗つて「河井寛次郎記念館へ」と言へば、通じなかつた。「カワイカンジロウ? カンジロウ、ですか? 誰ですか、その人」と言はれてしまつた。ガックリ。河井寛次郎を知らんか。それは問題だらう、特に京都でタクシーをやつてゐるのなら、と思ひつつ、「まァ、陶芸家ですよ、有名な。民芸運動の人です。」と簡単に説明して、ついでに場所も説明して、なんとか辿り着いた。

 河井寛次郎記念館は、河井寛次郎が生前住んでゐた家を、そのまま記念館としたものである。河井寛次郎は、もちろん陶芸で有名な訳だが、その他にも木彫りをやつたり書をやつたり、色々とやつてゐる訳で、この家も家具も、自身のデザインによる。だからこそ家がそのまま記念館ともなつてゐるのだが、確かにひとつの美意識に貫かれた空間は素晴らしい。日本の民家をモチーフとしたらしく、囲炉裏などがきつてあつて、日本人であれば何か心に響いてくるものがあるはずだ。…などと取り澄ましたことを書いてゐるが、実を言ふと昔の私は民芸的なものが煙ッたくて、敬遠してゐたのだ。民芸には日本のスノッブが集結してゐる、と偏見を持つてゐた。この偏見は、半分以上当たつてゐると今でも信じてゐるが、私もある程度成長して視野も広がつた(?)ので、スノッブ以外のところも少しは見えるやうになつてきて、まァいいぢやないかと広い心で河井寛次郎の書斎の椅子に腰掛けるやうになつた。

 日本家屋だからそれほど天井は高くないのだけれど、吹き抜けがあつたり、庭へと開放的に各所が開かれてゐるので、圧迫感は全くない。開かれてゐるのだけれど、こぢんまりとしてゐるので、安心感がある。これは、理想的な住居ではないか、と突然感動が襲つた。と、多数ゐたお爺さんお婆さんの観光客の団体と入れ替はりに、大勢の外国人観光客の団体がやつてきた。サイズのでかい彼(女)らがカメラを持つてウロウロすると、瞬く間に場が観光地くさくなる。うーむ、退散するか。

 帰り道で、性懲りもなく CD と本を大量に買ひ込んでしまう。もう、家の中はグチャグチャだ、こんなもの何処に置くのだ、と暗い気分になる。が、考へてみれば、河井寛次郎が生きてゐた頃は、あの家にももつと色々なものがゴチャゴチャと詰まつてゐたはずだ、それが生きてゐる空間なのだから、と、言ひ訳なのか何なのか分からない言葉を呟いてみる。それにしても、我が家は何とかならんもんか。

小川顕太郎 Original:2003-Oct-3;