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 Diary 2000・3月30日(THU.)

親族会議

 今日は久々の休みなので、実家に帰る。気が重い事に、夕飯には親戚の人達がかなり集まり、自然と滅多に会えない私及びトモコ、オパールの話へと話題が流れてきた。

 口火を切ったのは例のごとく親父で、「髪と髭を切れ。そんなむさくるしい格好ではお客さんが来なくなる。」と頓珍漢な主張を繰り返す。私が「いや、オパールに来るようなお客さんには、こういう格好がうけるんだ。」と抗弁すると、「そんな特殊な人達ばかり相手にしていてはいずれ店は潰れる。もっと一般の人々にうけるようにしなければいかん。」と、これまたとんでもない事を言い出す。

 私があっけにとられていると、いったいオパールの常連とはどのような人々なのか、という疑問が親戚間から出され、母親が答える。「そうねえ、見た目から変わった人が多いわねえ。金髪の人とか、顔中皺だらけの人とか、左右の耳の形が極端に不釣り合いの人とか」。最後のが誰を指しているのか私にも分からない。「ケンちゃんも、そんな人達の相手をしなくちゃならないなんて大変ねえ。」とカズコおばさんが溜息をつく。まるで私が変人の相手をするために、わざわざ髪と髭を伸ばして変態っぽく演出しているといわんばかりの同情の声が相次ぐ。

 私は苦々しげに髭を引っ張りながら横を向いた。何故この人達は他人の話が聞けないのか。何を言っても自分達のフィルターを通して勝手に話を翻訳してしまう。もう、こちらも何も言うまい、と固く決意する。しかし、事態はこの後、予想もつかない方向に走り出す。

 ふてくされて鳥の唐揚げを口に頬張っていた私の耳に、今後オパールをどう経営していくかという話をしている親戚達の話が入ってきて、私はむせた。どうやら私の親父を含め親戚の叔父さん連中は、今年か来年に一斉に退職するらしく、その後の就職先? というか暇つぶし先としてオパールを勝手に選んだようだ。私の母親を含めた叔母さん連中も大はしゃぎ。エプロンの柄をどうしようとか、店が殺風景だからお花を飾ろうとか好き勝手に相談している。

 あのねえ、君たちにオパールが経営できる訳ないでしょうが。「あら、私は調理師の免状もあるし、お料理の先生を 30 年以上やっているわよ」。いや、だから、それは日本料理の先生でしょう?

「ケンタロウは本当にいい酒を飲んだことがないだろう? まず良い酒を飲まなければ、良い酒は作れない。わしは飲んだことがあるから」。そりゃ、私は本当に良い酒なんて飲んだことないかもしれないですよ。でも、オパールはそういう店じゃないし。

「私達がやればお友達がわんさかと飲みにきてくれるから。ケンちゃんってお友達少ないでしょう?」。そ、そんな問題じゃあ、ないでしょう!

「やはり若い人達は駄目よねえ、お金持ってないし。コーヒー一杯でダラダラ居るんでしょう? もっとお金を持っている人達に来てもらわないと」。もう、違う店になってるやん!!

「ケンタロウ、お前に金を貸しているのは誰や? 保証人になっているのは誰や?」……。

 という事で、オパールは来年から私の親戚一同によって経営される事となった。現在のオパールを気に入っている人達は、あとわずかな命の現行オパールを楽しんでほしい。ちなみに私から親戚に経営権を移すにあたって、改装を行うそうだが、またしてもエキスポに頼むそうだ。せいぜいぼってほしいと思う。

小川顕太郎 Original:2000-Apr-1;