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 Movie Review 2005年3月7日(Mon.)

運命を分けたザイル

公式サイト: http://unmei-zairu.com/

 切らなければ、二人とも死ぬ。世界を衝撃の涙で包んだ《感動の実話》。ババーン! 原題は“Touching the Void”…「深淵に触れる」みたいな意味でしょうか?

 原作の、山岳ノンフィクション『死のクレバス』は、珍しく私も読んでおり、これがめちゃめちゃ面白く、茫然と感動したものですが、私、[登山]には詳しくないので、文章で説明される情景や、山登りテクニック、装備なんかは勝手に想像するしかなかったところ、再現ドラマで映像化され、視覚でスーパーリアルに伝わって、「読んでから見ても十分面白い!」、希有な映画に仕上がっております。

 アンデスの未踏峰シウラ・グランデに、若き登山家2名・ジョーとサイモンが挑み、四苦八苦しながら見事、登頂に成功。しかし、山を降りるルートを見失って……というお話。

 役者さんによる再現ドラマに、現在のジョーとサイモン(+ベースキャンプのお留守番リチャード)のインタビューが挿入される…ということは、2人は高峰で大ピンチに陥りますけど、必ず生還できることはあらかじめバラされていて、しかも私は原作読んでおりますので、先の展開がわかっていながらも(先の展開がわかっているからか?)、登山シーンが緊張感に充ち満ちて、[映画的な]あざとい演出がほとんどないのもリアリティを増して、[山岳映画]の最高傑作であるのみならず、映画史上、最悪の[極限状況]が描かれている…と一人ごちました。

「山岳映画の最高傑作」と言うても、私、古いのはあまり見ておらず、『アイガー・サンクション』(クリント・イーストウッド監督)、『Oh! ベルーシ絶体絶命』(マイケル・アプテッド監督)、『バーティカル・リミット』『生きてこそ』など、それぞれそれなりに面白かったのですけど、雪山の氷やらクレバスやら、「このシーンはセットですね」「これは特撮ですね」とわかってしまっていささか緊張感がほぐれるシーンがたいていあったところ、この『運命を分けたザイル』は実際の雪山で撮影されすべてがホンモノ、リリーフ・ポイント皆無、小説も凄かったですが、映画も凄い! 後半はもう、たまらん! 誰か助けて! …って感じでございます。

 以下ネタバレですが、ジョー(原作者でもあります)は、下山中、右足を骨折するというトラブルに見舞われます。ただでさえ危険な山、その上、足を骨折したら、それは死んだも同然。ひるがえってサイモン、骨折者を連れて下山しようとすれば遭難してしまう危険性は極大。下界とは異なる倫理が支配する山で、サイモンが取るべきクレヴァーな行動は、[ジョーを置いてけぼりにして下山する]でございましょうか。

 しかしそれでも、サイモンはジョーを助けようとします。私は茫然と感動しました。これがフィクションであれば、山のことを何も知らない私なのに、「サイモン、山のこと何にもわかってないぞ!」とツッコミを入れてしまうところです。しかし実話で、同時に[現在のサイモン]が淡々と語るものですから、人間というものはなんとクレージーで偉大になれるものか! というか、合理性を否定したロマンチックはよくありますが、合理性を超越したロマンチックも存在するのだ…ってよくわかりませんが、[実話]であることにとことんこだわって作る、というアプローチが大成功している、と思いました。

 感動の[実話]を映画化するなら、[実話]として映画化しなければならず、可能な限り、綿密に考証し、できれば現地で撮影し、当事者たちの証言をまじえればなお良しで、何も足さず、何も引かない…のが正解なのでしょう。

 アメリカ映画に顕著ですけど、[実話の映画化]というと、必ず[歴史偽造の罪]が犯されています。「映画として面白くするため」には、[歴史偽造の罪]を犯してもよい、というのが常識(特に、アメリカ映画)、しかし、それは[実話のフィクション化]に他なりません。[実話]であることの面白さは、ポロポロこぼれ落ちてしまいます。

 この作品は、映画的な脚色・誇張を排し、さらに[誰が語っているのか]を常に明示し、[歴史偽造の罪]を犯さないよう配慮しまくった、[実話の映画化]最高の成功例と申せます。かもしれません。

 ジョーの錯乱状況シーンは、少々演出過多かしら? と思わぬでもないですけれど、[人が、死にそうな瞬間]をここまで執拗に、リアルに描いた作品がこれまであったでしょうか? と、私は恐怖し、「なんでボニーMやねん!」と爆笑し、「よし! あの岩まで20分で行ってやる!」との悪あがきに感動し、サイモンと再会して最初に漏らしたという言葉に、茫然と涙したのでした。

[奇跡の生還]ではありますが、ジョーは無神論者で、死にそうになってもその哲学は揺るがず、[奇跡]はどこにも存在しない、というのも素晴らしいです。[奇跡の生還]は、[小さな目標達成の積み重ね]なのですね。これなら私にもできそうです(絶対、無理)。というか、死にそうな極限状況に直面した場合には、必ずこの映画を走馬燈のように思い出すべきでございましょう。

 この遭難者だからこそ助かったし、見事な小説を書き得たし、見事な映画の原作者になり得た。ジョーの「運命を分けた」のは、[徹底的なリアリズム]なのである、と一人ごちました。

 監督は、ケヴィン・マクドナルド、『ブラック・セプテンバー/五輪テロの真実』(1999年)で米国アカデミー賞ドキュメンタリー長編賞を取った人だそうです。『ブラック・セプテンバー』もぜひ見てみなくては…。

 映画『運命を分けたザイル』、そして原作『死のクレバス』、ともに、バチグンのオススメです。

☆☆☆☆★(☆= 20 点・★= 5 点)

BABA
Original: 2005-Mar-3;
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