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 Diary 2001・5月27日(SUN.)

トラフィック

 SY 松竹京映にスティーブン・ソダーバーグ監督の『トラフィック』を観に行く。第 73 回アカデミー賞主要 4 部門受賞、その他のゴールデン・グローブ賞などの全米各映画賞の主要 30 部門以上を総なめ、ジャーナリズムは絶賛、興業収入も 1 億ドル近いと大ヒット。なんやかんやで今年最大の話題作のひとつなのは間違いない。おまけにソダーバーグ監督の前作『エリン・ブロコビッチ』は、これぞ社会派エンターテインメントの傑作! と私も吃驚したものだったので、観る前から期待は膨らんでいた。

 ソダーバーグといえば、その語り口のうまさが絶品なのだが、この『トラフィック』も、アメリカとメキシコを結ぶ巨大麻薬コネクションとその周りにいる人々を、主に三つの話を交錯させながら、150 人を超える登場人物を出してすっきり描く、というのを見事にやってのけており、最初から「うまい!」と唸ることしきりだった。

 あんまりにもうますぎて、2 時間半に及ぶ上映が終わっても、ええ! もう終わり? という感じでびっくり。さすがはソダーバーグといった所なのだが、しかし、実はこの「もう終わり?」というのが、結構くせものだったりする。「むちゃくちゃ面白かった! もう終わりなの? もっと観たい!」という気持ちがあるのは勿論なのだが、私はそれ以上に「もう終わりなの? まだ物語りは始まっていないやん!」という気持ちが強かったのだ。さて、これはいいことなのか、悪いことなのか。

 ソダーバーグが良質の社会派エンターテインメント映画を撮ろうとしているのは、パンフレットに載っていた彼の次のようなインタビューからも分かる。

「観客を教育するというような意図はまったくないし、そう感じてもらいたくない。(中略)これまでの経験で得たのが、隠れたところにあるシリアスなテーマをいかにしてエンターテインメント性を持たせたやり方で見せるかということだった。(中略)私たちはできる限り感情的にならないように努めた。ただスナップ写真を撮って見せ、『今起っているのはこんなことです』と言いたかったんだ。」

 社会派の映画といえば、ソダーバーグも敬愛するケン・ローチが頭に浮かぶけれど、確かにケン・ローチも「ただスナップ写真を撮って見せ、『今起っているのはこんなことです』と言」うような映画が多いが、「もう終わりなの? まだ物語りは始まっていないやん!」という感じを受けたことがない。どのような些細な話、社会の一断面であっても、そこには物語りがある。言い換えれば、そこには全てがあるのだ。では『トラフィック』に欠けているものは何だろうか?

 私はそれは映画の(世界に対する)スタンスだと思う。そう言うと、「そんなの当たり前じゃないか、ソダーバーグは不偏不党を目指した訳だし、それが社会派エンターテインメントってものだろう」という意見が出そうだが、私はこの意見は間違っていると思う。

 不偏不党とはスタンスがないことではない。不偏不党とは、世の中にある分かりやすい偏見・党派(俗情!)に偏らないという事であって、何ごとかを語るには、当然その人の立場・スタンスが必要になってくる。例えばケン・ローチであれば、そのスタンスは下層階級・世の虐げられた者・社会の落伍者に対する、圧倒的な共感だ。

 このケン・ローチのスタンスをとりあげて、ケン・ローチの映画はプロパガンダ映画だ、とするミルクマン斉藤氏のような意見もある訳だが、勘違いもはなはだしい。ケン・ローチの映画は、プロパガンダ映画とは対極にある、それこそ不偏不党の社会主義リアリズムの映画である。

「社会主義」と言っておきながら、どのようにして不偏不党が堅持できるのか。それは、自分が共感を持つ下層階級の人達を描く時に、彼等の悪い面もしっかりと描き厳しい批判をあびせ、自分の憎む人達を描く時にも公正な態度を崩さない事によってだ。なんだそれだけの事か、と思われるかもしれないが、これを貫徹するのがどれほど難しいことか!

 ソダーバーグほどの大才をもってしても、それは難しい。それは才能のみに関わる事柄ではないからだろう。ソダーバーグは、アメリカとメキシコを結ぶ麻薬コネクションという社会的な素材を、錯綜したストーリーをもって描く「困難さ」のみに関心を持ったのではないか、と私は疑惑を持つ。職人的な関心だ。そしてそれは成功しているのだが、それだけでは物足りない、と私は思う。私にとってこの映画は長い長い予告編のように感じられた。2 時間半もある予告編を、退屈させずに楽しませてみせるというのは、大した才能だというしかないが、私は本編がみたい。本編は…『惑星ソラリス』か?

 それにしても、映画を観て、その日のうちにその感想を書くのはしんどいですね。

小川顕太郎 Original:2001-May-29;