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Theater Review 1999・9月26日(SUN.)

道成寺

 神戸の湊川神社神能殿で観正会定式能別会が行われた。つまるところお能の上演会である。午前 11 時から夕方 5 時過ぎまでの長丁場。演目は『高砂』『羽衣』『道成寺』。能の最も有名な演目が揃っている。そして仕舞あり、狂言ありでお能をよく知らないオレ様にまさにあつらえ向きである。

 さて、今日の出しものの中で注目すべきは、やはり『道成寺』である。『高砂』『羽衣』では、能独特の何言ってるかよくわからん言い回しとあまりに地味な動きであることに加えて、仕事の疲れと寝不足&風邪気味といった私自身のコンディションの悪さから眠気に負けてしまっていた。しかし『道成寺』はこの眠気に勝ったのである。

 まず、入り。地謡や囃子が舞台の定位置につくと下手から人間の背丈もある大きな鐘が現れる。鐘の頂部にある輪の部分に竹竿を指し、大人が 4 人掛かりでヨロヨロになりながら舞台中央に鐘を置く。このことで、この鐘の重さがとてもよくわかる。その鐘に縄をくくりつけて天井に吊る。これも大の大人が 5 、6 人掛かりで。これがのちのシテ(主役)の舞いを緊張感あるものにし、引き立たせるのである。心にくい演出である。

 そして話は進み、シテであるうら若き女性の舞いが始まる。能舞台という、このあまりに簡素な造りの舞台の中でケバケバシイといっても過言でない衣装を身にまとい舞うシテ。そのコントラストがおもしろい。簡素な舞台であるからこそ、この衣装が見栄えるのであろう。

 前半はとにかく単調である。が、入りの演出(鐘を吊る)によって、ある意味の心地よさと次への期待感(眠さもだが)を持たせてくれる。

 その単調さが一変する。囃子方が激しく鼓を打ち笛を吹く。シテの舞いも力強い。天井から吊ってある鐘が徐々に降りてくる。シテはつけていた立烏帽子を持っている扇でパッと跳ね落す。これはシテが、というよりはシテを演じる者自身が命を掛ける覚悟を決めた証であるように見え、鳥肌が立つ。何故シテは命を掛ける必要があるのかといえば、このあとシテが降りてくる鐘の中に飛び入るのであるが、その時タイミングを誤ると降りてくる鐘に頭をぶつけ、首の骨を折って亡くなる危険があるからだ。覚悟を決めたシテは鐘の真下に立つ。そして鐘がスーッと降りてくる瞬間に飛び上がって座になる。座になる時にはもう鐘が完全に降りてしまってシテの姿は見えない。「手に汗握る」とはまさにこのことである。思わず涙がこぼれそうになる。

 舞台上では話が進んでいく。その間、20 分くらいはあるだろうか。シテは鐘の中に閉じ込められている。鐘に入るまで激しく舞っていたシテは、密閉された鐘の中に「酸欠」状態で長時間閉じ込められているのである。そして鐘が上がり出てきたシテは鬼女に変化している!

 何という構成の素晴らしさであろうか。観客を引き込むための演出、大胆なまでの緩急のつけ方、まさにエンターテイメントである。が、やっぱり睡眠不足で見るのはかなり辛いっす。

ベチ美 Original: 1999-Sep-26;

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