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Movie Review 1999・10月19日(TUE.)

運動靴と赤い金魚

 妹の靴を修繕に行ったんだけど、うっかりなくしてしまった兄貴。さて…。少年とその妹がいかに苦難にたち向かったか? を描くイラン映画だ。

 イラン映画ってのはぼちぼちミニシアターで公開されているけれど、子どもの映画が多い。『運動靴と〜』のパンフを読むと、イラン革命以前から児童映画に力を入れていた、という伝統があるそうだ。さらにイランでは政府による検閲があるんだけど、児童映画の場合は「たかが子ども向け」ということで若干規制が緩く、おまけにキアロスタミが世界的に評価されたりしたものだから、やる気のある才能が児童映画に集まっているらしい。なるほど。

 イランの子ども映画は、『友だちのうちはどこ』では、友だちの宿題ノートをうっかり持って帰ってしまった、『白い風船』では、金魚を買うためのお金を溝に落としてしまった、というホントに小さな事件なんだが、子ども時代ってのは苦しい時代であったことよなあ、と忘れていた感覚を思い出させてくれる映画群だ。イランと日本、とお国柄は違えど、例えば大病院の跡取り息子で何不自由なく育ったような人をのぞけば、子どもの感性ってのは万国ほぼ共通で、その辺がイランの子ども映画が宗教・風習の違いを越えて世界中で評価される所以であろう。世界でウケたいのなら、子どもの映画を撮るべし! だ。

 で、例えば『シネ・フロント』を読むと『運動靴と赤い金魚』と『菊次郎の夏』を比較して、『運動靴と赤い金魚』は素晴らしい、ということが書いてあったんだけど、『菊次郎の夏』は大人の物語でもあるので単純に比較するのはちょっと違うな。(つまりボクは『菊次郎の夏』は割と好きってことです。)そもそも日本映画ってのは小津安二郎、清水宏、稲垣浩など子どもを描かせたら天下一品、という伝統があって、そういう伝統ってのは『菊次郎の夏』よりもむしろ『愛を乞う人』や『トイレの花子さん』が受け継いでいる、と思うのでどうせ比較するならそういうところと比較してもらいたいものである。

 そういうどうでもいい話はおいといて、『運動靴と赤い金魚』。これ、素晴らしいです。涙あり、笑いあり、クライマックスは思いっきり力が入ることウケアイです。しかも子どもの奮闘を通じて、「どの社会でも持つ持たないはいつも問題で多くの争いを生む。現在、我々の社会が抱えている問題がそれだ。経済的不平等と社会正義の欠如から、我々は足下がふらついている。そうした問題がある限り、それを糾弾していくのが芸術の使命だ」(※)との監督の主張がクッキリと浮かび上がる仕掛けになっている。マスターピース。強力にオススメ。

(※『運動靴と赤い金魚』パンフレット 「監督のメッセージ」より)

BABA
Original: 1999-Jan-19;

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