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Book Review 1999・12月18日(SAT.)

脳の中の幽霊

V・S・ラマチャンドン+サンドラ・ブレイクスリー
角川 21 世紀叢書

 原題は“ Phantoms In The Brain ―― Proving The Mysteries Of The Human Mind ”…「脳の中の幻影――人間の心の不思議を解明する」ってか。

「脳の中の幽霊」とは何か? 不慮の事故で手足を切断されてしまった人が、本当はないはずの手や足の感覚を持つケースがあるらしい。「幻肢」っていうんだが、存在しない指先に痛みや痒みを感じる、時として目の前のコーヒーカップを掴んだり、誰かがカップを取り上げようとすると「痛い!」とか言ったりする、という現象だ。

 主著者のラマチャンドン博士はインド出身の神経科学者で、「幻肢」がなぜ起こるかを脳の機能から推理し、いかに幻の腕や足を「切断」することができたか、をド素人もわかった気になれる平明な文章に素敵なジョークを交えながら解説。単なる報告だけでなく、博士がいかにして回答をみつけたかというプロセスの記述に重きがおかれ、推理小説を読むようにおもしろい…って陳腐な表現で申し訳ない。

 話は「幻肢」だけにとどまらない。「幻肢」においては「視覚」の関与が大きいんだけど、ところで「視覚」って何だろう? 高校だかの授業の知識を元に、外部から来た光が瞳を通って網膜に映って…という説明を思い浮かべるだろう。物事はそう簡単ではなく、早い話が、網膜にはピンホールカメラと同じ原理で倒立した像が映っているはずであるが、我々が見る世界は逆立ちした世界ではない。なぜか? モノを見る、ということに脳が思いっきり関与しているからだ。…っても倒立像がどうして正像に見えるか、という説明はこの本にはないんだけどね。

 実は脳は、活発にイメージを発生させており、視覚というものは、単に外部からの入力を「脳が見ている」って物ではなく、脳が作り出すどの幻影が感覚入力にもっとも良く適合するかを判断したモノなのだ。人間は脳が受け入れられるモノしか見ていないのである。何かの拍子で、外部からの入力がおかしくなった人は、脳が作り出す幻影がとめどもなく「見える」という症例も紹介される。脳がいかに視覚イメージを捏造しているか? を誰でも納得できる簡単な実験も紹介され、驚くことしきり。

 逆説的に聞こえるが、見えていないと思っているモノも実はしっかり見ている、ということも示される。よく「考えるな! 感じるんだ!」とか、「心の眼で見なさい」とか言われるが、実はそのような状態も脳のメカニズムで説明できる可能性があるのだ。なかなかおもしろそうでしょ?

「幻肢」や「視覚」の問題以外にも「人間はなぜ笑うか?」「想像妊娠はなぜ起こるか?」「多重人格とは?」などなどの問題も考察され、それらを通じラマチャンドン博士は「自己とは何か?」という問題を、哲学の範疇にとどめるのでなく誰でも納得可能なアプローチで解明しようとする。

 養老孟司のあとがきによると「21 世紀は脳の世紀」らしい。これからも猛然と脳のメカニズムの解明が進むそうで、ここは一発読んどいて損はないと思う。

BABA Original: 1999-Dec-18;

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