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2010年04月15日(Thu)

「シャッター・アイランド」 []

Text by Matsuyama

本編前のガイド(この作品を観るコツ?)から導入のオーケストラで、いかにこの映画が謎に満ちているかを大袈裟に予言しながら物語は進んでゆく。こういう仕掛けは3D作品(この作品も一部はメガネ不要の3Dのよう…)にみられる映画のアトラクション傾向の多様化と言ってもいいだろう。しかし多くの観客には嬉しいのかもしれないが、オレにはちょっとしんどかったな。
オレはどちらかというと、映画の解釈を外へと広げていくタイプだから、ああいう内向きの観方を押付けられるとベクトルは逆に大きく外へと向かってしまって小さな脳ミソが破裂しそうになるからだ。

さて、この映画は謎解きという課題を観客に与えてはいるが、結果的に解くべき謎が見当たらない。というか物語の中に真実などないように思えるのだ。
この映画は全編を通して途切れることなく主人公テディ(レオ)の視点で進んでいる。だからたとえ終盤に重要人物であるジョン・コーリー医師(ベン・キングスレー)から明確に謎解きをされたとしても、それはテディの視点であるかぎり、どこまでが妄想と幻覚なのかはわからないはずだ。医師とテディの関係から見ると「ドグラマグラ/夢野久作」の迷宮世界にも似ている。

そこで、ラストの「善人として死ぬか、モンスターになって生きるか」という台詞から、オレなりの外向きの解釈をしてみたいと思う。
最初にテディが収容施設の門をくぐったときに、患者のひとりが人差し指を口にあて「何もしゃべってはならない」と合図を送っていたことがオレなりの謎解きゲームの解のひとつだ。

テディの戦争体験においてユダヤ人収容所での二つの虐殺が語られている。迫害を受けたユダヤ人と制圧後のナチス党員は自由と権利を奪われる者の象徴として語られる。さらにこの映画の時代設定が1950年代ということから、台詞にもある通り「赤狩り」、「非米活動委員会」といった当時のハリウッド映画界までもを襲った反共ヒステリーが語られている。ここは看過できない。このとき共産主義社と疑われた者たちも自由を奪われ、否認するほど窮地に陥った。非米活動委員会によって共産主義社の疑いを持たれたものは仕事を追われたり、業界から追放された芸術家やハリウッドの映画関係社が多かったという。

1998年のアカデミー賞授賞式で「名誉賞」を与えられた当時89歳の映画監督がいた。エリア・カザンである。本来、全員が起立して拍手を送るべき授与の場で一部からはブーイングが起こったり、拍手はしても立ち上がらない者も多くいたという。
1952年、元共産党員であるエリア・カザンは、当局の追求を受け、彼が映画界で生き残る道として、映画関係の仲間11人を売り渡すことで司法取引が成立した。のちに彼は自身の作品の中で、共産主義を批判するという踏み絵まで踏んだという。はたして彼の選択は間違っていたのだろうか。

1991年の「真実の瞬間(とき)」という映画は赤狩り全盛のハリウッド映画界を舞台に、共産主義者の疑いをかけられ、司法取引を持ちかけられた主人公の映画監督の壮絶なる葛藤が描かれている。主演はロバート・デ・ニーロだ。登場人物には実在のモデルがいるという。

「善人として死ぬか、モンスターになって生きるか」
もし苦しみから逃れるために究極の選択を迫られたときに、何を選ぶかは本人の自由なのだ。当人でなければわからないような苦痛から選ばれた結論は誰にも非難することはできないのである。マーチン・スコセッシが「シャッター・アイランド」に描いたものは、逃げ場のない状況で選択した人生への肯定と、「忘れてしまいたい記憶」という重荷を抱えて生きてきた者への労いのように思えてならない。

1998年、エリア・カザンにアカデミー賞「名誉賞」を授与したプレゼンターはロバート・デ・ニーロ。そしてデ・ニーロと共に映画監督役で「真実の瞬間」に出演していたマーチン・スコセッシの二人である。

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