京都三条 カフェ・オパール Cafe Opal:Home

Home > レビュー >

サブメニュー

検索


月別の過去記事


2005年11月15日(Tue)

春の雪

Text by BABA

 愛しては、ならない。ババーン! 

 わたくしごとで恐縮ですが、まず前提として、私は、小説などを映画化する場合、「可能な限り、原作に忠実に映画化した方が絶対に面白くなる」との確信を抱いております。

 小説家が苦心惨憺、一言一句を練り上げて構築するのが小説というもの、映画と小説のメディアの違いのための、若干の取捨選択やアレンジは必要でしょうけれど、物語の骨格はゆめゆめ変えるべきではない、と思うわけです。

 映画監督は、小説家の構想・思想を十分理解し、かみ砕く知識と教養とセンスを持っていなければならない。ことに三島由紀夫のようなメジャーどころ小説を映画化するなら、三島由紀夫に匹敵する知識と教養とセンスが必要なのではないか? …って、それはなかなか難しいでしょうから、映画監督(+脚本家)は、見苦しいまでに原作と格闘しなければならない、と思うわけです。

 いや、そんなことはどうでもいいんですけど、さて今回『春の雪』、映画の冒頭、幼少の頃のキヨ様とサトコ様が、百人一首に興じるシーン、

瀬をはやみ 岩にせかるる滝川の 割れても末に 会わんとぞ 思う

 …という和歌が詠まれます。これは原作にはなかったと記憶しておりますが、「激流が岩にぶちあたって、二つに分かれてますけど、結局また一つになっとるわけで、いいなぁ、と思う」みたいな意味でございましょうか。

 つまりこの和歌、「キヨ様とサトコ様は、長じてお互い惹かれあうものの、困難にぶちあたって離ればなれになるでしょうね、そしてキヨ様とサトコ様は、また会いたやな、と思ふのでせうね」と、二人の運命を予兆。…みたいな演出だと思うのですけどね、それは、いかがなものか? と。

 映画を見ればわかるように、二人のあいだの障害物は、キヨ様ご自身がおあつらえになるもので、キヨ様は自ら望んで、破滅へ一直線です。なぜキヨ様はそんなことをするのか? それは読者・観客が勝手に考えればよい、というか、そこをアレコレ憶測するのが、映画や小説を鑑賞する面白みだと思うのですけど、こんな和歌を挿入してしまうとですね、まるで「運命(岩)に引き裂かれる二人(滝川)」みたいではないですかね。

 そうすると、キヨ様は、自ら墓穴をどんどん掘り進んでいくアホにしか見えないのでございます。一片の和歌を付け加えることで、主人公をアホに変えてしまう作者の、コペルニクス転換的トンチに私は茫然と途方に暮れました。

 さらに、映画のド初っぱなに、タデシナ(大楠道代)と旦那様の計略がいきなりバラされているし!! これは一体……。映画自らがネタバレするという、ものすごいことになってます。

 さらにさらに。ネタバレですが、キヨ様は「今、夢を見ていた。又、会うぜ。きっと会う。滝の下で」と、言いのこしてこときれます。その後、滝の下で二頭の蝶々がヒラヒラとたわむれるシーンがあるんですけどね、これはキヨ様が輪廻転生して蝶となって、サトコ様と会っているのだなぁ、はぁロマンチック……と、ため息が漏れてしまうわけですけど、キヨ様は、友・本多に「また、会おうぜ」と言ったわけで……ひょっとして映画『春の雪』作者の方々は、『豊饒の海』四部作中、一作目しか読んでいないのではとの疑惑がムクムクと…。

 いやいや、そんなことはどうでもよくて、なんといっても凄いのは、映像テクニックです。画面のピンぼけぶりがもの凄い! 私、気になって気になって仕方ないので、開映30分後、映画の途中でモギリの方に「…すいませーん。ピンぼけしていると思うのですが…」と言いに行ってしまいました。こんなことを言いに言ったのは生まれて初めてで、「なるほどクレームをつけると、自分が偉くなったかのような、なんだか気色よい心持ちじゃ」と思ったのですが、閑話休題、その後、いつピントが合うのか、画面を食い入るように、固唾を呑んで見てしまいました。結局ピントが合ったのはエンドタイトルになってから。うー、気持ち悪かったー。

 劇場を出るときモギリの方から、「映写機のピントは、調べましたが合っておりました、ピンぼけは、監督の演出意図と思われます」旨を告げられ、唖然、茫然とたたずんだのでした。

 しかし、見どころがないわけではなくて、ひとつはキヨ様の夢のシーン。蝶々を捕まえようとジタバタするところでひと笑い。次に、シャムの王子様と初対面シーン、キヨ様「ハウドュドゥー?」と唐突に流暢な英語を披露、ふた笑い。

 さらに! 少しだけ「映画的」なシーンがあり、それらは大楠道代、岸田今日子、若尾文子という、三人の大映女優によってもたらされるのであった。ことに岸田今日子は少しの出番で、すべてをさらってしまう好演でございました。

 ともかく。この映画『春の雪』、原作に対する換骨奪胎ぶりはもの凄いことになっており、「映画と原作小説は別物」と割り切れる方はお楽しみいただけるかと存じます。原作『豊饒の海』四部作は素晴らしく面白いのでバチグンのオススメ。

(☆= 20 点・★= 5 点)

公式サイト: http://www.harunoyuki.jp/
Amazon.co.jpで関連商品を探す

Comments

コメントしてください





※迷惑コメント防止のため、日本語全角の句読点(、。)、ひらがなを加えてください。お手数をおかけします。


※投稿ボタンの二度押しにご注意ください(少し、時間がかかります)。



ページトップ