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 Movie Review 2004・7月2日(Fri.)

殺人の追憶

公式サイト: http://www.cqn.co.jp/mom/

 おまえが殺ったことを憶えているか? 世界が絶賛した衝撃のリアル・サスペンス、遂に日本上陸!! ババーン!

 1986 年― 1991 年…6 年間で 10 人の女性が殺された。3000 人の容疑者が取り調べを受け、30 万人の警官が動員された。

 …という、実際に起きた連続殺人事件をもとにした作品、監督・脚本はポン・ジュノ、1969 年生まれと申しますから若干 35 歳、『ほえる犬は噛まない』(私は未見)に続く長編第二作にして見事な傑作でございます。

 派手目アクションのアメリカ刑事物に対し、黒澤明『野良犬』(1949)、『天国と地獄』(1963)、あるいは野村芳太郎『張込み』(1958)、『砂の器』(1974)、はたまた北野武『その男、凶暴につき』(1989)など、刑事の地道な捜査を描いた映画の名作が日本には多くありますが、この『殺人の追憶』は、そういう名作刑事映画の系譜が、韓国で見事に受け継がれた作品、北野武の静けさと、黒澤明のダイナミズムが共存している感じでございます。

 じっくり、たらたら「ダレ場」を作って、例えば、ズダダダダダッ! と、刑事たちが容疑者を全力疾走で追いかける、といった、静と動のコントラストが素晴らしいです。

 中盤の、追っかけアクションは、キャラクターの関係が大きく変化する瞬間でもあります。連続殺人事件が起きた農村に、ソウルから都会派刑事キム・サンギョンがやって来て、田舎刑事ソン・ガンホと対立していたのが、この追っかけを契機に、がっしりと共闘関係を結ぶ。画面上のアクションが、キャラの内面の変化に結びついて、しかもその変化はセリフでなく、田舎刑事をジッと見つめる都会派刑事の目線のみで示されます。脚本・監督ポン・ジュノ、ただ者ではない感じ。

 私は、ポン監督の「映画」感覚に、オープニングからしてシビれまくったのでした。田んぼで少年がバッタをつかまえる。振り向くと遠くから耕耘機に乗ったオッサン(ソン・ガンホ)が近づいてくる。ソン・ガンホが田んぼの用水路側溝の深淵を覗きこむと、……という具合。

 この、「穴(トンネル)を覗きこむ」イメージはラストで反復されます。こういう、ラストで最初のシーンに戻る円環構造は、よくある手法ですけど巧く使われれば圧倒的な感動を呼びます。インタヴューでポン監督は、「あるシチュエーションや小道具を反復して使うことによって画面の集中度が増します」と語っておられますが、それはともかく映画とは、そもそも本質的に、円環構造を成すべきものなのではなかろうか? 映画を見るとは、「追憶する」ことと同じ、追憶の終わりは、現在(=オープニング)に戻らなければならないのでは?……なんてことを考えました。

 そんなことはどうでもよく、のどかな農村にゴロンと死体が転がっているイメージが妙にリアルで、じわじわと怖さが身体に染みついてくる感じ、それでいてユーモアが漂っているのが良いです。冒頭の死体発見シーンにしても、なぜか子供がソン・ガンホの真似をするのに笑ってたら、うっかりゾッとしてしまう、みたいな。

 恐怖とユーモアという、一見、矛盾するものを同時に存在させる非凡な演出ですが、キャラクターも矛盾に満ちた存在として描かれています。主人公・刑事たちは、犯罪者をとりしまる「国民の庇護者」という善なる面と、軍事政権下での「抑圧者」という悪の面をあわせ持つ者として描かれております。

 彼ら刑事は、充分な証拠もなく容疑者を拘禁し、拷問で自白を引き出そうとします。容疑者を追いつめた末に、半ば殺してしまったりもします。「軍事独裁権力の犬」であり、批判すべき存在ですが、寝食を忘れ賢明に連続殺人犯を追う――あやしげな占いを信じたり、「犯人は無毛症だ!」と銭湯に通って無毛症の男を捜したり――そういう姿は、共感の笑いと涙を誘います。かつて描かれたどんな刑事とも違っていながら、この作品では、刑事の本質が描かれているのだ、と私は一人ごちたのでした。

「今夜、犯人は新たな犯行を重ねるはずだ! 非常線を張れ!」と、機動隊に出動要請するも、機動隊は、民主化を求めるデモを鎮圧するため出払っていて、なすすべがない…矛盾が一気に噴出した、名シーンでございますね。

「犯罪は世相を映す鏡」ならば、犯罪に向き合う刑事を描く映画は、時代そのものとなる。この『殺人の追憶』=「韓国の 80 年代」である! と、よくわかっていないのに断定してしまいたいくらい、リアルな世相を感じさせる作品でございました。主演二人、蛭子能収ソックリのソン・ガンホ、加藤雅也ソックリのキム・サンギョンともに好演、バチグンのオススメ。

☆☆☆☆★(☆= 20 点・★= 5 点)

BABA Original: 2004-jul-1