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 Movie Review 2003・12月9日(TUE.)

ラスト サムライ

 さて『キル・ビル』、タランティーノの日本映画に対する造詣の深さに圧倒され、私は「日本人なのに、全然日本映画を見ていなかった!」と反省することしきり、そんな折りもおり、いっそうの猛省を促す作品がまたまた公開されたのでした。ババーン! 『キル・ビル』同様、この『ラスト サムライ』、ほとんどの現代日本映画よりも日本の正確な姿を描いており、驚きを禁じ得ず呆然、「日本人は、日本を描く能力すらアメリカに負けてしまったのか!」と一人ごちたのでした。日本以外の国が、こんなに素晴らしい時代劇を作るとは! 殺陣の素晴らしさだけをとっても、近年の大傑作『たそがれ清兵衛』を上回っております。

 というか、アメリカさんも専売特許と思っていた「西部劇」をイタリア人に作られてしまった過去があるわけで、優れた時代劇がアメリカで作られたことなど映画史においては珍しいことではない。この『ラスト サムライ』が全世界でヒットしたなら、今後アメリカで続々と「時代劇」が作られることになる。では早速「マカロニ・ウェスタン」「スパゲッティ・ウェスタン」にならってジャンル名を付けておきましょう。「チーズバーガー・ジダイゲキ」などいかがでしょうか? ごいっしょに「フライドポテト・ジダイゲキ」とか?(スマイル ¥ 0) …………「スパム・ジダイゲキ」とか? ってしつこい。

 それはともかく、監督エドワード・ズウィック、湾岸戦争時ヘリ墜落の真相を探った『戦火の勇気』では、複数ヴァージョンの回想が描かれ生存者の証言が食い違うという、まさしくそれは『羅生門』の影響であったか、実はズウィックさん、筋金入りの「黒澤フリーク」なのですね。って、最近ではジョン・マクティアナン『閉ざされた森』も『羅生門』スタイルで、日本人が考えている以上に黒澤明は世界に衝撃を与えたのだなあ、と一人ごちている場合でなく、この『ラスト サムライ』も黒澤趣味があふれかえり、『蜘蛛巣城』風の霧が立ちこめる森の中、戦国武将姿のサムライたちが現れるシーンに、私は「奈良・吉野の設定なのに、トロピカルな木がはえてるのは何故?」とツッコミながらも呆然と感動したのでした。(ニュージーランドで撮影されたそうです)

 渡辺謙らの隠れ里が『七人の侍』風だったり、クライマックス合戦が『影武者』『乱』だったり、『キル・ビル』でタランティーノが 70 年代日本映画タッチの再現をめざしたのに対し、ここでは「黒澤明」タッチの再構築がめざされており、狂言観劇中に突然忍者が現れたり、などアチラコチラにモンティ・パイソン風のパロディすれすれ微妙な違和感が漂って大爆笑……と言いたいところですが、真剣・真面目な態度で作られているのがうかがえ、また隣に座っておられた方などたびたびハンケチで目頭をぬぐわれていたものですから、笑いをかみ殺すのに往生しました。

 しかし、このヘンテコな感じは、「ヴィデオに撮られた自分自身の姿」あるいは「録音された自分の声」を聞くときの違和感と同じ、『ラスト・サムライ』『キル・ビル』は、「日本映画がアメリカでどのように見られているか?」を示す「日本の正確な反射像」なのであって、「この映画の日本は変である!」と言うのは、生まれて初めて鏡に映った自分を見て「私ってこんな顔じゃないはず!?」と言うのと同じようなものですね。ってよくわかりません。

 そんなことより「『ラスト サムライ』は、いかに日本の“現在の”姿を正確に描いているか?」ということが書きたかったのですが、長くなりそうなので続きはレビュー Vol. 2 で。

>> レビュー Vol. 2 に続く…

BABA Original: 2003-Dec-9;

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