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Movie Review 2000・10月29日(SUN.)

山の音

 久々なので、あいさつさせていただきます。オパール・サイト読者のみなさん、こんにちは。私、カフェ・オパールの客の BABA と申します。映画レビューなど載せていただいております。どうぞよろしく。

 今日、ご紹介するのは『山の音(やまのね)』です。半月ほど前に京都みなみ会館で見てまいりました。古い話で申し訳ないです。

 近年、ぐんぐん評価が高まりつつある成瀬巳喜男監督の、川端康成原作 1954 年東宝作品です。小津安二郎『東京物語』の 4 年後の作品ですね。

 その、小津安二郎も好んで舞台として選んだ鎌倉。原節子は山村聡の家に入った嫁です。山村聡が帰宅途中、ふとたちどまり何やらながめています。そこへ買い物帰りの原節子が通りかかる。

「お父様、何をご覧になっていらっしゃるの?」

「いやあ、ひまわりを眺めていたんだよ。立派なひまわりだと思ってね。」

「あら、ほんとに立派なひまわりですこと。お父様、お身体の具合はいかが?」

「アレから一年になるねえ。ボクはね、自分の頭をはずして、洗濯機で洗濯するみたいに、きれいにしてもらえないかな、と思うんだ。その間はね、からだの方はグウグウ身動きもせず寝てるんだ。」

「あら、やだ、お父様ったら。おほほほほほほ、ほほほほほほ。」

「あははははははははは、あはははははは。」

 …と、なんともほのぼのした、頭がグネグネになる会話から始まります。それも束の間、原節子の旦那=上原謙が帰ってくると家庭に妙な緊張が走ります。どうやら上原謙は、浮気しているらしい。嫁さんは「お嬢さん」育ちだから物足りない、あんなことやこんなことをしてくれない、と不満をつのらせているようです。

 そこは 54 年作ですからベッドシーンはおろか、キスシーンさえありません。すべては婉曲な会話で語られるのみです。ただ一カ所、原節子と上原謙が性行を行ったとおぼしきシーンがあるのですが、これも、寝室で上原謙が嫁の名前を呼んだと思ったら、次のカットは台風の雨にうたれる地蔵。うっかりしてたら、性行が行われたとはとても気が付かないですね。なんでもかんでも直接、目に見せちゃう最近の映画を見慣れている身には、とても新鮮です。笑っちゃいますけど。

 原節子は小津安二郎の『晩春』『麦秋』などと同じようなパーソナリティの持ち主を演じています。「菊子」という役名なのですが「菊子」を演じている、というよりは「原節子」という役を演じているようです。

 ところで、四方田犬彦著『日本の女優』(岩波書店)は、みなさん、もう読まれましたか? これ、メチャクチャおもしろいですよ。原節子、李香蘭(り・しゃんらん)という戦前・戦中・戦後をかけぬけた二人の女優のイメージが、時代とともにどのように変化したかを明らかにしているんですね。「原節子」のイメージ形成史における『山の音』、成瀬巳喜男の役割、ってな視点でご覧になるのも、なかなかおもしろござんしょう。

『山の音』は、鎌倉の二世帯家族でくりひろげられるドラマでして、小津作品ではなかなか見られない、気が滅入るような愛憎がドロドロうごめいています。表面的には小津的仲良し家族なのですが、言葉の端はしにトゲがある。このへんのイヤ味合戦が最高です。

 小津作品では、家族が消滅していく過程を、たんたんと描いておりましたが、『山の音』では、家族は、一応形の上では存続しているものの、すでに中身は別のものになっています。幻想の家族です。戦後、家父長制が崩壊し、「家族」というものが立ちゆかなくなった。約 50 年前の映画が新鮮に見えるのは、われわれ日本人はいまだに「家族」を再構築することに成功していない、といえるかもしれませんね。と、珍しくまともなマトメですが、とにかく、日本映画黄金時代の息吹を今に伝える名作。オススメです。11 月も RCS 、京都みなみ会館では原節子特集が続きますので、今まであまり古い日本映画をご覧になったことがない方は、ぜひ一度足をお運びください。

BABA Original: 2000-Jan-29;

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