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Movie Review 2000・8月14日(MON.)

シャンハイ・ヌーン

 現代最高の映画作家、とボクが勝手に思っているジャッキー・チェンの、『ラッシュアワー』に続くアメリカ映画本格出演作。『ラッシュアワー』は刑事ものというきわめてアメリカ的な題材であったが、今回もそのものズバリ、というかアメリカが本場の西部劇。

 両作とも、これまたアメリカ的なバディ・ムーヴィー=二人の主人公が対立したり仲良くしたりを繰り返して物語を進める形式になっている。『ラッシュアワー』の相棒は黒人クリス・タッカーで、マイノリティ同士が共闘関係を築き白人に奉仕するチャイニーズを懲らしめるという図式であった。今回の相棒は『ホーンティング』の首チョッキンシーンが記憶に残る(…ってそこしか憶えていない)オーウェン・ウィルソンで、しかも顔つきがトム・クルーズそっくり。どうでもいいか。

 バディ・ムーヴィー、しかも西部劇に東洋人が登場、ということで思い出すのはかつて三船敏郎がチャールズ・ブロンソンとタッグを組んだ『レッド・サン』だ。価値観の相違がネタになっており、それは『シャンハイ・ヌーン』も同様だが、ミフネが最後までサムライ主義をつらぬいたのに対し、今作ではあろうことかアメリカニズムにジャッキーが屈服する、という許しがたい結末を迎える。

 ジャッキーは、誘拐されたお姫様を救いに西部へ渡った皇帝の勅使。列車強盗、酒場での諍い、牢破り、ネイティブ・アメリカンとの交流など、とにかく西部劇的アイテムを駆使しつつ、白人相棒と協力してお姫様を救い出す物語なのだが、お姫様は紫禁城に戻れば望まぬ結婚を強いられる。そこでジャッキーは、皇帝の指令に従うか、お姫様の意向を尊重するか、という、「封建的中国社会」か、「個人主義尊重、民主主義万歳アメリカ」か、という選択を強いられる。対立を止揚する解決法が見いだされるのでなく(!)アメリカニズムを受け入れてしまうのだ。うおおおおお。

 ともかく全編アメリカ的な、ダイナミックなアングルによる撮影、細かくカットを割る編集であり、小技を効かせるジャッキーのアクションの長所が生かされているとは決していえない。それなりにジャッキーアクションに敬意を払っていた『ラッシュアワー』に比べても、あまりにもアメリカ的に過ぎる。あれこれスゴイことをやっているのだが、全然スゴく見えないのが致命的だ。ジャッキーアクションには、それなりの撮り方がある。アメリカ流の編集、撮影が最良のものと信じて疑わない阿呆どもがジャッキーのガンバリを台無しにしてしまっているのが悲し過ぎるぜ。

 ジャッキーは「アメリカ映画」に屈服したかのように見える。しかしこの映画は、今後ジャッキーをアメリカで売っていくために、ジャッキーがアメリカ的な個人主義を受け入れたことを示し、一般的なアメリカ人が抱く東洋人に対する畏怖を取り除こうとしているのだ。ジャッキーがアメリカ映画を征服していくために、撮られねばならなかった失敗作なのかもしれない。

BABA Original: 2000-Aug-14;

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