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2010年10月29日(Fri)

子ども etc

HIDADDYの子ども(息子)が可愛い。・・・って、言っても、見た事もないしよく知らないのだけれど、HIDADDYのソロアルバム「火種」に声が入ってゐて、それが可愛いのです。
と、言っても、息子の歌声をサンプリングしてループしたトラック上でラップする「RHYME GREEN」における、その歌声ではなく、「X'mas LOVE」の最初で、「ヒダーディ!」と叫ぶその叫び声が可愛いのです。

なんでこんな事をわざわざ書いてゐるかといふと、昔の私は、子どもの声なんかちっとも可愛いと思はなかったからです。それどころか、子どもの存在自体、可愛いと思へなかった。それがこんな風になるとは・・・。歳をとったのかな。
子どもの事が可愛くなるにつれて、昔は苦手だった子どもとのコミュニケーションも、円滑に出来る様になりました。ほとんど片言の言葉しか喋られない様な子どもと、こんなにコミュニケートできる様になるなんて・・・。退行したのかな。
グルッと一回転して、私の精神が幼児並みになったのかもしれません。

それはともかく、ここで私が“子ども”と言ってゐるのは、正確には“幼児”といふべきでせう。やはり、ある程度大きくなった子どもは、可愛くない様な気がします。無邪気さを失ひ、小賢しさが目立つ様になる。その境界線はどこにあるのか。
これはなかなかの難問です。が、私はそれを判定するひとつの基準を考へてゐます。それは「うんこ」と言って、可愛いかどうか、といふものです。
幼児は、文脈に関係なく尾籠な言葉をすぐ口にしたがります。それによって、大人たちが造り上げてゐる文明的な!偽善的な!世界を、一瞬破壊する快感に酔ひ痴れるのです。この世界破壊を無邪気に、純粋に敢行する事ができるのが、“幼児”である。つまり、「うんこ」と口にして、そこに些かの濁りもなく、可愛さを感じさせる事ができるのが、幼児の条件である、と。
私はこれを、密かに「うんこ試験」と呼んでゐます。

で、HIDADDYの息子も、SKITでちゃんと「うんこ」と言ってました。もちろん、可愛い。合格、ですね。

さうだ!マサユキくんに定期的に「うんこ試験」を受けて貰って、いつごろ“幼児”からただの“子ども”に変はるのか、実験してみたらいいのではないだらうか。それによって、境界線を定める。・・・・・・マツヤマさんに怒られるかな。

Comments

投稿者 マツヤマ : 2010年10月31日 00:03

では、お客さんの多そうな時間を狙って「うんこ試験」受けに行きます(笑)。
でもマサユキはオパールですでに「ワレメ試験」受けてるからなぁ…。
http://www.cafeopal.com/diary/2010/06/26-102156.php

投稿者 元店主 : 2010年10月31日 02:27

様々な試験をオパールで受けるマサユキくん。

これは、オパール道場なのか。

でも、オパール道場の兄弟子がオイシンでは、マサユキくんが可哀相かなぁ。

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