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 Diary 2004・7月23日(FRI.)

コレクター

 イチモトくん来店。現在の勤め先に対する不満を速射砲のやうにぶちまけ、隣にゐたハッシーに「なんか、楽しさうですね」と言はれる。それに対して、「いや、もう笑ひ話にでもしなければ、耐へられない事態なんですよ」と、イチモトくんは薄ら笑ひ顔で応じたが、イチモトくんには案外マゾヒスティックな所があると思ふ。それは、彼はソウルレコードのコレクターであるからだ。

 イチモトくんの持つてゐたシングルレコードケースに目をとめたハッシーが、「失礼ですけど、これでどのぐらゐのもんなんですか。いや、値段といふか」と尋ね、「さァー、どれぐらゐかなー…200 万円くらゐかなー」と答へてハッシーの目を剥かせてゐたイチモトくんだが、彼は収入のほとんどをレコード代につぎ込んでゐる。生活の他の部分は、もちろん切りつめまくつてゐる。これはコレクターとしては至極普通の生活だらう。コレクターといふのは、大金持ちの人を除いて、たいてい生活破綻者である。そして、その事にマゾヒスティックな喜びを見いだしてゐるやうな気がする。

 私は幸いにしてコレクター気質ではなかつたため、地獄に足を踏み入れる事はなかつたが、ノーザンソウルに凝つてゐた時期に、その手前を彷徨した事はある。素晴らしい、といふ事は値段もとびきり素敵なレコードを前に、ここでこんなものを買つたらもう今月は生活できない、でもどうしても欲しい、いざとなればサラ金でもなんでもあるぢやないか、しかしオパールはどうなる、…そんなもの、どうとでもなるぢやないか! 生活を破壊してでも、今、どうしてもこのレコードが欲しい! 今手に入れなければ一生手に入らないかもしれない……と、身も細る思ひで逡巡した末に目をつむつてオークションに入札。が、みごと落選、となつて、「助かつた」と真からその事を喜ぶ、といふ倒錯を経験してゐたのだ。あれほど欲しいと思つてゐたものが、手に入らなくてホッとするといふ倒錯。コレクターといふのはどの世界でも同ぢやうで、古書コレクターとして有名な鹿島茂も、似たやうな倒錯した心理状態を、「子供より古書が大事と思いたい」といふ本で書いてゐた。ホント、あの時期は危なかつた。

 テラダさん来店。さういへばテラダさんも、石を集めてゐたなァ…。平気で 200 万円くらゐする硯を欲しい、と言ふし。しかし、普通に生活してゐて、そのやうなベラボウなコレクションができる訳がない。よつて、犯罪に手を染めることになる……。これは、冗談。

 ベッチ来店。ベッチはコレクター気質なのか、どうか。いや、ベッチは浪費気質か。どちらにしろ、借金で借金を返すやうになれば、地獄はすぐ戸板一枚の下だ。

 真夏の夜の怪談、ですか。

小川顕太郎 Original: 2004-Jul-25;