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 Diary 2004・2月7日(SAT.)

ミスティック・リバー
について

 日が経つにつれ、やはり凄い映画であつたといふ思ひが深まるばかりの『ミスティック・リバー』であるが、実を言ふと、私はケビン・ベーコンとその奥さんの挿話がいまひとつよく分からないでゐた。あれは一体何だつたんだらう。そこで、折に触れそのことについて考へてきたのだが、本日、トモコから有益な示唆を得て、自分なりに納得がいつた。そのことについて書いてみる。(思ひきり、ネタばれ含みます)

 この映画は色々な見方ができるのだけれど、ドラマの中心にゐる 3 人の男たちの生き方、具体的に言ふと、自分の犯した過ちに対する責任のとりかた、といふ点から見てみようと思ふ。これが、犯した過ちがそれぞれに違ふとはいへ、見事に三者三様なのだ。

 まづティム・ロビンス。彼の犯した過ちは、子供を襲つてゐた変質者を殺し、そのことを隠蔽しようとしたことだ。そもそも彼が素直にその事を警察に届けてゐれば、悲劇は起きなかつた。しかし彼は警察が信用できず、届けなかつた。それどころか、自分の妻さへも信用できず、嘘を言つた。結果としてこの事が、妻の不審を呼び、ショーン・ペンへの告げ口となり、悲劇に繋がるのだ。ティム・ロビンスは幼い頃に性的虐待にあひ、トラウマを負つてしまつた。それゆゑ人間不信に陥つたのだから、仕方がないといへばいへる。が、それでも、過ちは過ちだ。そして、彼は決して自分の過ちを認めることが出来ない人間なのだ。

 彼はショーン・ペンに追いつめられた時に、「あの時ボクぢやなくて、君が(変質者に)攫はれてゐたら…」と言ふ。つまり、彼はいつも自分の過ちを過去のトラウマのせゐにする人間なのだ。こんな言ひ方は厳しすぎる、と思ふ人もゐるだらう。しかし、トラウマを負ひながらも、その事を克服したり、バネにして立派に生きてゐる人はたくさんゐるはずだ。それに、トラウマを負つたからと言つて、その事が免罪符になるわけでもない。私とて、別にティム・ロビンスを責めたい訳ではないし、可哀想だと思ふ。が、彼の、自分の過ちを決して認められない、といふ性質が、彼の死といふ悲劇を生んだのだけは確かだらう。

 次にショーン・ペン。彼の過ちは明白だらう。ティム・ロビンスを、自分の娘を殺した犯人だと勘違ひして、殺したことだ。その過ちに気付いた時、彼はどうしたか。妻の励ましをうけ、彼は敢へてその過ちを肯定しようとするのだ。考へてみれば、彼が自分の過ちを認めたとしても、何も事態はよくならない。ティム・ロビンスも、彼の娘も返つてくる訳ではない。それどころか、彼の残つた二人の娘と妻に悲しく辛い思ひをさせるし、ティム・ロビンスの奥さんにしても、自分の告げ口で夫が殺されたと分かれば、その苦しさに耐へきれないかもしれない。また、彼女にも一人息子がゐるのだ。で、ショーン・ペンは、自分が殺した相手の家族には、殺した相手を偽つて、生活費を送金する人間である。今回も、さうするであらう。その方が、みなにとつて良いのではないか? ティム・ロビンスの奥さんも、一人息子を育てていかねばならないし、どこかで夫が生きてゐると考へる方が、精神的に楽だと思へる。かう判断して、ショーン・ペンは、自らの過ちを肯定することにした。そのシーンでは、ショーン・ペンの背中の十字架の刺青にスポットがあたり、彼が罪の十字架を背負ひながらも、苦しみに耐へて生きていくであらう事が暗示されてゐる。

 で、ケビン・ベーコンである。彼の犯した過ちは示されない。が、妻が彼のもとから逃げ出してゐることから、なんらかの事件があつたのだらう。ラストで、彼は自分の過ちを認める。オレが悪かつた、かうなつたのは全て自分のせゐなのだ、と。ここで初めて、それまで沈黙を守つてきた妻が口を開き、事態は好転するのだ。3 人の中で、唯一ケビン・ベーコンだけが、自分の過ちを認めた。そして、彼にだけ、幸せな未来がひらけてゐるやうに見える。ここからどういつた結論を導きだすか?

 やはり自分の過ちは素直に認めるべきだ、といつた、凡庸な結論でもいいだらう。また、現在のイラク戦争に絡めて、アメリカは自らの過ちを素直に認めるべきだ、と、反戦に結びつけるのもいいだらう。が、過ちを認められないティム・ロビンスにしても、過ちを敢へて認めないショーン・ペンにしても、それぞれの事情を鑑みれば、それなりに仕方がないと思へる所がある。外野から、ヤイヤイ言ふのは簡単である。しかし、ある事件にぶつかつた時、自分はどのやうな対応をとるか。過ちを犯してしまつた時、どのやうに身を処するのか。その事をもつと深く考へてみろ、と、この映画は言つてゐるやうに、私には思へる。

『ミスティック・リバー』、やはり凄い映画です。

小川顕太郎 Original: 2004-Feb-9;
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