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 Diary 2003・5月21日(WED.)

魔界転生

 大宮東映に『魔界転生』(平山秀幸監督)を観に行く。

 これは、深作欣二が撮つたもののリメイクなのかな? 私は深作版『魔界転生』を観てゐないので、それは分からないが、山田風太郎の原作は、かなり昔に読んでゐる。かなり昔に読んだので、記憶は朧気だが、確か原作では、天草四郎はそれほど大きな役回りをしてゐなかつたやうに思ふ。途中で死んぢやうし。それを、天草四郎=ジュリーといふ事で大きくフィーチャーしたのが深作版『魔界転生』のはずなので、天草四郎=窪塚洋介といふ形で主役級に持つてきてゐる今回の『魔界転生』は、やはり深作版のリメイクなのではないだらうか? なんでそんな事をするのか、と考へれば、やつぱ窪塚洋介のアイドル映画を作らうとしたんぢやないかなあ。と、すれば(いや、しなくても)、この映画は完全に失敗作だと思はれる。

 まづ、窪塚洋介が全然かつこよくない。おまけに、大根丸出しの演技。もう、応援するのを辞めやうかと思つたくらゐだ。あれだけ面白く、よく出来た山田風太郎の原作を、天草四郎を全面に出すために無茶苦茶にしておいて、その天草四郎がこれぢやあ、どうしやうもない。なんのために、原作を壊したのか分からない。

 もちろん、映画は別に原作に忠実である必要はない。換骨奪胎して、全く別のものにしても構はない。が、それで、話が壊滅的に下らなくなつてはダメだらう。この『魔界転生』といふ話は、魔界から甦つた剣の達人たちが、柳生十兵衛と闘ふ、といふ話なのだが、いくら柳生十兵衛とはいへ、魔界からパワーアップして甦つた歴史に名を残す達人たち(宮本武蔵など)に、敵ふ訳がない。だから、いかにして柳生十兵衛が勝つか、といふ所に、原作は知恵を絞りまくつてをり、それが無類に面白いのだが、映画ではそのやうな工夫は一切みられない。なんだか、普通にショボい殺陣をして、柳生十兵衛が勝つ、といふ、ただその繰り返し。ひどい。魔界転生の意味がどこにあるのか?

 さらに全体の演出がやたら大袈裟で、滑稽を通りこして、観てゐるのが辛い。ラストシーンの思はせぶりなど、許し難いほどだ。だいたい、このやうな、歴史に名を残す剣豪同士の闘ひ、といふ、スーパースター夢の顔合はせ、のやうな映画では、まづそれぞれのキャラをしつかり立てないと、どうしやうもないではないか。さういふ、基本的なことさへ成されてゐないこの映画に、これ以上なにを云へといふのか。オパールに来店したババさんに、私のこの感想を告げ、ほぼ同感といふババさんと共に、ブーブー文句を言ひまくる。

「さういへば、このあいだ観た『奪還 アルカトラズ』も酷かつた! ああ、面白い映画が観たい!!」と身悶へるババさん。

 で、二人して「『マルタの鷹』は素晴らしすぎる! ボギー、あんたの時代は良かつた!」「『ローマの休日』最高! ウイリアム・ワイラーに駄作なし!」などと、昔のハリウッド映画の話ばかりする。

 ああ、面白い映画が観たい。

小川顕太郎 Original:2003-May-23;

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