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 Diary 2002・1月25日(FRI.)

激論?
『千と千尋』

 案の定、私の『千と千尋の神隠し』に対する評価が論争を呼んでいる。主な論争相手はむろん、ヤマネくんとババさん。ふたりとも熱烈に『千と千尋』及び宮崎駿を支持している。『アルプスの少女ハイジ』や『パンダ子パンダ』(字はこれであっているのか?)、『長靴をはいたネコ』『セロ弾きのゴーシュ』まで持ち出して宮崎アニメの素晴らしさを述べ立てる。私は、小学生の時に『カリオストロの城』は面白く観た覚えはあるが、それ以外では特に宮崎アニメに惹かれたことはない。

 二人の意見から推し量るに、二人ともまず映像の素晴らしさ、という所に惹かれているようだ。『千と千尋』にしても、龍の動きとか、水の映像、そこを走る列車の様子、走り降りる人の動き、などが素晴らしい、気持ちよくて仕方がない、という事になる。その意見は分からない事もない。私以上に『千と千尋』に否定的なトモコも、「みんなで綱を引く場面はよかった」というぐらいだし。しかし、映画というのは映像だけのものではないし、その他のダメな部分を補うほどの映像ではないではないか、というのが私の意見だ。

 実はこれと同じような事が、逆のパターンで在る。私はとにかく『千と千尋』の音楽がダメで、たけしの映画では絶妙な効果をあげている久石譲の音楽も、この映画では全て悪い方向に作用している! という意見なのだが、これに関しては、実は二人とも「まあ、そうだね。気持ち悪いかな」と、おおむね同意している。が、それでもなお、それぐらいの事は他の部分の圧倒的な素晴らしさに較べれば些事ではないか、という意見なのだ。

 私がこの映画に感じた「うすっぺらさ、なまぬるさ、偽善性」、これを私は「戦後民主主義的なサヨク性」と秘かに呼んでいるのだが、に関しては、二人とも「分からないでもないが、なんだかなあ…」といった感じ。実はこういった事は思想の根幹に関わる? 事柄なので、あまり深く突っ込めない。突っ込むと大変な事になりそうだ。だから、話はそこでなんとなく逸れて、私は来週ヤマネくんと二人で『仄暗い水の底から』を観に行くことになった。…なんでや! 嫌だなあ…。

 恐い映画はほんとに嫌です。

管理人注
『セロ弾きのゴーシュ』は高畑勲監督作ですね。『パンダ子パンダ』は『パンダコパンダ』が正解。
小川顕太郎 Original:2002-Jan-27;