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 Diary 2001・5月16日(WED.)

キンスキー
我が最愛の敵
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 昨日の続き。今回の特集上映「ヘルツォークに狂う」では、『解凍! ヘルツォーク』というパンフレットのような本が売られているが、その中で石原郁子が『キンスキー、我が最愛の敵』についてなかなか面白い解説を書いている。ヘルツォークのことを「鬼の上前はねる奴」だというのだ。この言葉は岡野玲子のマンガ「陰陽師」の第一巻のキャッチコピーらしく、ようするにヘルツォークを安倍晴明にみたてているのだ。平安時代最大の陰陽師・安倍晴明は、式神と呼ばれる鬼を使役し、当時の闇の世界を牛耳っていたといわれる。もちろんこの場合、使役される鬼とはキンスキーである。

 確かに、ヘルツォークはかなり意識的にキンスキーを挑発していた節がある。キンスキーを挑発し、荒れ狂わせ、映画が破綻する寸前でおさめ、その狂気・オーラを画面に定着する。まさに猛獣使いか陰陽師か、という所だろう。だから石原郁子はこう言う。「やはりヘルツォークの方が一歩勝っている」。しかし、そうだろうか?

 京極夏彦が正しく指摘しているように(「歴史読本」2000 年 9 月号)、実際の安倍晴明は当時のエリート官僚であり、地味でエキセントリックなところのない人間だったと思われる。これを強引に言い換えれば、いささかツマラナイ人間だったということだ。だからといって、ヘルツォークがツマラナイ人間だったと言いたい訳ではないが(ヘルツォークは十分に気狂いだろう)、荒れ狂うキンスキーを撮りながら、それを確実に作品にまとめあげ、着実に自らのキャリアを重ねていくあたり、ある種のツマラナサがないともいえないだろう。

 それに較べ、キンスキーはどうだ。彼は 150 本以上の映画に端役として出演し、B 級カルトスターとして、気狂いとののしられながら死んでいった。が、彼の存在感は圧倒的である。『アギ−レ 神の怒り』にしろ『フィッツカラルド』にせよ、まぎれもなくヘルツォークの作品でありながら、しかし、それはやはりキンスキーの映画なのだ。

 ヘルツォークとキンスキーの関係は、「上前をはねる」とかなんとかいう関係ではなかっただろう。ヘルツォークはキンスキーを恐れていたと思われる。石原郁子は、ヘルツォークはキンスキーを「真実愛しながら、上前をはね、見捨て」たと言うが、本当はヘルツォークは逃げ出したのではないのか。私にはそう思えてならない。ヘルツォークはキンスキーを真実愛し、嫉妬し、恐れたのだと思う。この映画は、そういったヘルツォークのキンスキーに対する愛憎、嫉妬と恐れ、が産み出した自己弁護の作品、仮面の告白だと私は受け取った。

 明日は『小人の饗宴』だ!

小川顕太郎 Original:2001-May-17;