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 Diary 2001・6月20日(WED.)

文化ファシズム

 可能涼介から先日『文化ファシズム』久本福子著(エディターショップ)という本が送られてきた。可能によると、これは純然たるトンデモ本で著者は電波系だが、妄想によってしか書けない真実もある、という文学者としての確信から強力にお薦めの本、との事だ。さっそく読んでみた。

 いや、凄いね。確かにこれはトンデモ本だわ。でも非常に面白い。著者の久本福子は福岡の地方出版社としては有名な葦書房の前社長(故人)夫人。この葦書房と現経営者の三原氏の事は、最近話題の『だれが「本」を殺すのか』佐野眞一著でも取りあげられているらしいが、久本はこの本のことも批判している。

 葦書房は三原氏に乗っ取られたのであり、佐野眞一は嘘を書いている! と。これだけなら、真実はどうなのかは分からない。なんといっても久本は直接の関係者なのだから、久本の言う事のほうが正しいかもしれない。しかし、『だれが『本』を殺すのか』の出版された真の理由は…という段になると、いきなり電波系になる。なぜ『だれが『本』を殺すのか』は出版されたのか? それは柄谷行人浅田彰が、久本福子の批判を封じ込めるために、有名ジャーナリスト佐野眞一にこの本を書かせたのだ! ガーン!!

 そう、この久本福子は強烈に柄谷行人批判を行っているのだ。もともとは柄谷の大ファンで、ずうっとメールや手紙、自分の書いた原稿を柄谷に送り続けていたようで、前著『柄谷行人論』では柄谷を絶賛しているらしい。ところが久本は途中でふと「真実」に気がついてしまう。私は柄谷に騙され、利用されていた! 柄谷行人は創価学会と組んで日本、ひいては世界支配を目論む文化ファシストだ!! と。

 久本は次々に論拠をあげる。柄谷行人は 20 年も昔から、第三文明社(創価学会系出版社)より本を出し続けている。NAM の組織構成は創価学会にそっくりだ。NAM がもともと大阪を中心にたちあげられ、大阪を中心にする事を強調していたのは、大阪が創価学会の強い土地だからだ。創価学会が「桑原武夫」学芸賞を設け、その審査員に梅原猛・多田道太郎・河合隼雄・鶴見俊輔という京都の代表的知識人が並んでいるのは、創価学会が京都の知識人業界を制覇した証拠、それには柄谷の盟友・浅田彰が一枚かんでいるに違いない。なぜ柄谷が創価学会と組むようになったかというと、それは柄谷がアメリカの大学で教え続ける(そしてその事で日本での自分の価値をあげ続ける)ためだ。(ちなみに海外での創価学会ネットワークは強力なので、海外で活躍する知識人・文化人で、それに関係する人は多い)…などなどなど。

 さらに浅田彰の線から、朝日新聞や西武(堤清二)との癒着も語られ、創価学会・朝日新聞・西武による強力な文化ファシズムがいま日本を襲っている、と久本福子は警告を発するのであった。で、で、で、このファシズムから最も被害を受けているのが、久本福子自身、というのが、もおおおう電波系なんだなあ。

 久本福子は主張する。柄谷も浅田も自分では何も産み出すことができないので、私の頭脳を収奪している! 私が柄谷に送った原稿はほとんど彼等の作品に流用・盗用された。(浅田彰の『構造と力』 1995 年版以降に収められた『数学編』は私の論文だ!)私のパソコンにも侵入してきて情報を盗んでいる。また私の短大での授業内容も盗聴され、使われている。(注 久本福子は短大の講師助教授を勤め、また西日本新聞でも長い間原稿を書き続けていた、らしい)郵便事業民営化が頓挫したのも、私の書いた民営化反対論が使われたんだ…・。などなどなど。

 そうして久本福子は、自ら出版社・エディターショップをたちあげ、自分の本を出して売っている、という訳です。さらにホームページもやっていて、この『文化ファシズム』は、そのネット上の文章に多少の加筆・訂正を加えたものらしいです。しかしせっかく本を出したものの、取次ぎが(柄谷達の圧力のせいで)扱ってくれず、仕方なく自ら全国の本屋をまわって置いてもらっている。またホームページも、妨害されているのか、ちっとも反応がない……。

 いやあ、なんというか、その、ちょっと感動しますね。自らの主観では、自分の出版社を乗っ取られ、信頼していた人から裏切られ・利用されていた事が判明し、その事を訴えようにも、巨大な悪の組織に妨害・迫害されて、もうどんづまり。そういう無力な個人が、なんとか世界に向けてメッセージを発しようとして、必死の思いでインターネットをやっているのです。著者の久本福子さんはもう 60 歳まえですが、重い本を持って全国をまわり、パソコンを買ってきて、簡単な操作に何週間もかけながらコツコツと事をすすめています。その様子も少し書いてあって、笑っちゃうんだけれども、感動します。

 最後にもう一度、可能涼介の名言を書き付けておきましょう。

「妄想でしか書けない真実がある。その事を確信しないと、文学者なんてバカなものにはなりはしない。」

 ディメンテッド・フォエバー!!!

追記
可能涼介著『はじまりのことば』の増刷が決まったそうです。おめでとう! それだけ。
※追記 2
『文化ファシズム』著者の久本福子さんから、訂正申し入れがありました。久本さんは短大の講師ではなく、助教授だったそうです。訂正申し入れに従い、訂正いたします。また、久本福子さんにはお詫び申し上げます。(2002・6 月 10 日)
小川顕太郎 Original:2001-Jun-22;