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 Diary 2000・5月16日(TUE.)

作家の値打ち

 福田和也が先日『作家の値打ち』という本を上梓した。これは現在活躍中の作家 100 人を取り上げ、その主要作品に点数をつけたものだ。こういった試み自体は、中上健次がその昔やっていたし、それを受ける形で渡部直巳やスガヒデミも「○×」方式やチャート式の文芸時評という形で行っていた。もっと遡れば、大西巨人が世界の作家も取り上げて点数をつけていたことがある。

 だからといって、こういった試みが珍しくないといっているのではない。それどころか、未だこのような行為は蛮行とされるのだろうと思う。

 しかし、何が良い作品で、どういった人が良い作家であるのかについての基準が、モロモロになっている現在、こういった蛮行は歓迎すべきものと私は思う。とにかく今はまともに文章を読めない馬鹿が多すぎる。「純文学とエンターテイメントはどう違うか」「通俗的であるということ」など、あまりにも当たり前の事を書いたコラムもいくつか挟まれているが、こういった当たり前の事をわざわざ言わなければならない程、現状は酷いということだろう。ほぼ同時に発売された同著者による『ろくでなしの歌』ともどもお薦め。

 で、店に行く前に久しぶりにジュンク堂に寄ったら、「作家の値打ち」関連フェアーみたいなものをやっていた。

 これは「作家の値打ち」に取り上げられていた本を、「作家の値打ち」でつけられた点数を添えて展示して売る、とでもいった趣向のものである。例えば北杜夫『楡家の人びと』92 点、島田荘司『斜め屋敷の犯罪』60 点、といった具合に紙に点数を書いて本の上に添えてあるのだ。

 まあ、こういった企画はやりがちだとも言えよう。しかし吃驚したのは、「作家の値打ち」であげられた本の中で最も点数の低かった、というより低すぎて採点を拒まれた船戸与一の本が、「20 点以下、測定不能」と書いた紙とともに展示されていた事だ。それもまたやたらたくさん並べてあるのだ。一体どういうつもりだろうか。

 今日もオパールは暇で、あんまり暇なので立っている事さえ辛かった。早めに店を閉める。

小川顕太郎 Original:2000-May-17;