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 Diary 2000・4月25日(TUE.)

教育は可能か

 オパール道場の一番弟子オイシンの修行が始まって、はや 4 カ月ともなるが、あまり顕著な成長がみられない。そこで多少やり方を変えてみることにした。今までは、日々の会話の中で話題にあがった映画や本などを、気の向くままにランダムに指定し、それに対するレビューを書かせていたのだけれど、これからはカリキュラムを組み、ある程度体系的に修行をすすめることにした。詳しいことはまだ未定だけれど、大体今から年末までに約 100 冊の本を読み、120 本の映画を観て貰うことになると思う。その他の事についても、随時厳しい試験を課すことになるだろう。

 オイシンのおかげで、近頃の私は「教育」「学習」「脳」といった事柄に興味がいくようになってきた。人間は如何に「学習」できるのか、「教育」とはどのようになされるべきなのか、そもそも本当に「学習」「教育」といった事は可能なのか。ごそっと本を買い込み、ただ今こちらも勉強中なのだが、勉強すればするほど確信が強まってきた。

「教育」は可能である。オイシンのようなバカタレでも、適切な「教育」を授ければ人並み以上になれる。少なくともオイシンにはそれだけの「素質」はあるだろう。

 そのために必要な適切な「教育」とは、ずばり「詰め込み教育」である。人間の脳は使えば使う程、発達する。記憶に関しても、覚えれば覚えるほど記憶力は増す。あまりたくさんの事を覚えると容量を超えて覚えられなくなる、などというのは俗信である。とにかくひたすら覚えること。オイシンの年末の試験は、本一冊の暗記にしようと考えている。

 今はやりの「ゆとりの教育」というのは、脳を退化させ、記憶力を減退させる教育方法だと私は思う。そのうちにオイシン以下のバカタレどもが大量発生することだろう。

 またテレビというものも脳を使わなくていいので、人をどんどん馬鹿にする。テレビを見ている間は、脳が受け身の状態になり積極的な活動をしなくなるので、脳がどんどん退化するのだ。故にオイシンには、とりあえずこの年末までテレビを見ることは厳禁した。ビデオで映画を観ることだけを許可する。これ以上オイシンの脳が退化したら、我々ももうやってられないからな。

 0 時を過ぎ、日付が 26 日変わると、ババさんの誕生日だ。いつもお世話になっているので、ささやかなお祝いをする。私とトモコとオイシンとクラタニくんとマキさん。ケーキを食べ、ワインを飲む。今日もオパールは暇だった。

小川顕太郎 Original:2000-Apr-27;